教養

17世紀のペスト大流行 ロンドン行政府の対応は


2020.10.27

デフォーは生まれながらのロンドン市民であり、同時にロンドンを新しい「帝国」の中心として考える視点を持っていました。ゆえに、市民と行政の双方の視点からペスト流行を見ることができた。これが『ペストの記憶』に記録文学としての奥行きを与えています。英文学者、東京大学准教授の武田将明(たけだ・まさあき)さんが、『ペストの記憶』から、ペスト流行に際して行政がとった対応を読み解きます。

 

*  *  *

 

新型コロナウイルス流行時、行政がとった対応について様々な意見が噴出しました。その是非については将来の検証を待つのが賢明であり、私がいま論評すべきことではありません。本講では、あくまでも『ペストの記憶』の記述に沿って、パンデミック下で行政に何ができるのか、行政と市民のあいだでどのような葛藤が生じるのかについて、冷静に吟味していきたいと思います。

 

『ペストの記憶』の特徴は、物事の両面を描いているために、語り手の言うことがしばしば矛盾して見えることです。ですから行政の対応についても、良い面と悪い面の双方が描かれています。なお、『ペストの記憶』で描かれるのは、主にロンドンの中心部であるシティーの行政府の対応です。

 

まずは良い面に注目してみましょう。シティーを治める市長と区長たちは、ペストの感染拡大を防ぐために新たな条例を作成しました。『ペストの記憶』では「ペストの流行に関し、ロンドン市長(ロード・メイヤー)および区長によって制定・公布される条例」として引用されており、1665年7月1日に施行されています。この条例では、感染防止のために特別に任命される職員とその役割、感染者を出した家屋に関する決まり、街路を清潔に保つための決まりなどが詳細に定められています。デフォーは『ペストの記憶』で条文を丸ごと引用しており、その長さは私の訳書でおよそ11ページに及びます。

 

私たちにもとりわけ身近に感じられる条例として、「節度のない者たちと無駄な集会に関する条例」を紹介することにしましょう。

 

芝居

 

すべての芝居、熊いじめの見世物、賭博、街頭での詩歌(バラッド)の朗唱、剣術試合など、人を大勢集めるような催しを一切禁止する。違反した者たちはそれぞれの区長によって厳重に罰せられる。

 

宴会の禁止

 

公共の場で宴会をおこなうこと、特に市の商業組合の宴会、および居酒屋、ビアホールなど、皆が飲食する場所でのディナーパーティーは、追って許可が出るまで禁止する。これで節減した分の金は、ペストを発症した貧民の支援と治療のために貯蓄し、使用される。

 

店での飲酒

 

居酒屋、ビアホール、コーヒーハウスおよび酒蔵(さかぐら)で節度をわきまえずに深酒をするのは、今日広く見られる過失であり、ペストが蔓延する最大の原因でもあるから、これを厳重に取り締まる。午後九時以降、いかなる団体も個人も、飲酒のために居酒屋、ビアホール、コーヒーハウスに入ることも残ることも禁じる。この市の古い法と慣行に従って取り締まり、この点について定められた罰が課される。

 

これらの条文は、いわゆる「3密」を避けるために出された要請を思い出させます。

 

芝居の禁止について解説しておきましょう。1666年の6月から約半年間にわたり、実際に劇場が閉鎖されています。異例の措置、というわけではありません。疫病の蔓延を防ぐために劇場を閉鎖することは、ウィリアム・シェイクスピアが活躍した16世紀おわりから17世紀はじめにも行われていました。

 

シェイクスピア没後、ピューリタン革命時には、演劇は人間を堕落させる娯楽として弾圧された歴史があります。このときロンドンのすべての劇場が閉鎖され、王政復古とともに再開したのですが、1665年にはじまったペスト流行のあおりで再び閉鎖となってしまったわけです。ペストの流行に際して、芝居の禁止条例という強い措置が出た背景として、ピューリタン的な考えに基づき、演劇や見世物などの芸能をあまりよく思っていない人がシティーの中産階級に多かったことも指摘できるかもしれません。

 

ちなみに語り手は、こうした条例が制定されたおかげで、シティーの死者数はロンドンの他の地域に比べてずっと少なく、シティーは「疫病のあいだずっと、他の地域と比較すれば健康なまま保たれていた」と述べています。

 

■『NHK100分de名著 デフォー ペストの記憶』より

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