教養

「灰色の男」とGAFAの共通点


2020.10.23

『モモ』の眼目ともいえる登場人物が、住民に時間の倹約を持ちかける「灰色の男たち」です。灰色の男たちは、おしゃべりや歌、読書などに費やす「無駄な時間」を貯蓄すれば余裕が生まれると嘯きますが、実際に時間を倹約し始めた人は怒りっぽくなり、落ち着きをなくしていきます。「灰色の男」とは何者なのでしょうか。京都大学教授、臨床心理学者の河合俊雄(かわい・としお)さんが考察します。

 

*  *  *

 

灰色の男たちは、『モモ』における文明批評の核心部分です。物語では、灰色の男たちは人生にふと迷いを感じたフージー氏に狙いを定めてやって来て、時間の貯蓄を持ちかけています。しかし見方を変えれば、これはフージー氏の心に生まれた隙間、あるいは虚無が、灰色の男を呼び込んだと考えることができます。つまり灰色の男は、われわれの心の虚無が生み出した存在なのです。

 

フージー氏は時間の倹約に励みましたが、不思議なことに手元に時間は残りませんでした。あとでわかることですが、その時間はすべて灰色の男たちに盗まれていたのです。

 

時間を節約したはずなのに余裕は生まれない。私たちの生活においても、しばしば実感されることではないでしょうか。例えば、昔は京都から東京まで六時間かかっていたものが、新幹線ができて三時間に短縮され、今では二時間強になりました。では、そのぶん私たちに時間の余裕ができたかというと、そんなことはまったくありませんね。節約した時間に新しい仕事がどんどん入り、私たちはますます忙しくなっています。時間を節約できたところで、結局手元に残ることはないのです。

 

これが示唆するのは、近代において時間の節約をして得をするのは、個人ではなくシステムの側だということです。私たちは時間が節約できて得をしたと思っていても、結局は企業の利益や国家の方針などシステムのために利用されているのです。いや、これは時間に限った話ではないかもしれません。

 

この構図は、現代においてさらにリアリティを増しています。GAFAと呼ばれる巨大プラットフォーマーとユーザーの関係がまさにそうでしょう。ユーザーは無料で提供される便利なツールを使えるようになり、得をしていると思いがちですが、その使用履歴はデータとしてプラットフォーマー側にわたり、企業は莫大な利益を得ています。そして、蓄積されたデータをもとに新しいサービスや製品がつくられ、私たちはそれを与えられたり買わされたりしています。つまり、人間がツールを使っているのではなく、人間がシステムに使われているのです。これは、自分のために時間を貯蓄したはずが、実は灰色の男たちに全部盗られているという構図とまったく同じです。

 

私たちは便利になったと思っているが、実際はシステムに利用されており、結局個人は幸せにならない。これが灰色の男たちのもたらすロジックです。時間の節約を始めた人たちについて、物語にはこう書かれます。

 

たしかに時間貯蓄家たちは、あの円形劇場あとのちかくに住む人たちより、いい服装はしていました。お金もよけいにかせぎましたし、つかうのもよけいです。けれども、ふきげんな、くたびれた、おこりっぽい顔をして、とげとげしい目つきでした。

(6章 インチキで人をまるめこむ計算)

 

ひとたび時間貯蓄銀行のシステムに乗ると、人間の豊かさのようなものが失われ、人々はむしろ貧しくなっていくのです。これが『モモ』における現代文明の分析の核心で、大変わかりやすく、また恐ろしい部分だといえます。

 

エンデがこの作品を書いたのは1970年代ですが、彼が描き出したこの傾向は現代においてさらに強まっています。その意味で、『モモ』は非常に先見の明があった作品だといえるでしょう。

 

■『NHK100分de名著 ミヒャエル・エンデ モモ』より

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