教養

いつもとは違う何か──「変」の場面を詠む


2020.10.04

人が死ぬ直前の雰囲気を「へん」と表現した宮沢賢治(みやざわ・けんじ)と中原中也(なかはら・ちゅうや)。歌人・文芸評論家の寺井龍哉(てらい・たつや)さんが「変」の場面を詠った歌を紹介します。

 

*  *  *

 

宮沢賢治の「永訣(えいけつ)の朝」は、今にも死にそうな病身の妹と、その兄の様子を描く詩として知られています。詩の冒頭はこうです。「けふのうちに/とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ/みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ」。漢字に直してみると、「今日のうちに、遠くへ行ってしまう私の妹よ、霙(みぞれ)が降って表は変に明るいのだ」ということです。

 

「へんにあかるい」という表現に気が留まります。ただ明るいのではない、不思議な明るさがある、というのです。見慣れたはずの外の景色が、今日はどこか違って見える。これは、妹の死が迫っていることを意識してしまうからでもあるでしょう。

 

中原中也の詩「秋」は、ある男の死が主題になっています。ある者は、その男と最後に会ったときのことを思い出しながら、次のように語ります。「するとね、あの人あたしの目をジツとみるのよ、/怒つてるやうなのよ、まあ……あたし怖かつたわ。」。このあと一行分の空白を挟み、次の言葉で、この詩は終わります。「死ぬまへつてへんなものねえ……」。

 

「永訣の朝」と「秋」の発表時期は、五年ほどしか違いません。ともに、人が死ぬ直前の雰囲気を「へん」と呼び、ここに、何らかの共通した気分を読みとることは難しくないでしょう。いつもとは何かが違うのだが、それを正確に言いあらわすことはできない、とにかく「へん」としか言いようがない、そんなもどかしさも感じます。現実に幻想が、日常に非日常が入り込んでくる「変」の場面を、短歌のなかにも見てみましょう。

 

月影にわが身をかふるものならばつれなき人もあはれとや見む

壬生忠岑(みぶのただみね)『古今和歌集』

 

このわが身を月光に変えることができるならば、薄情なあのひとも、私のことを「きれいだ」とか、「かわいそう」と思って見てくださるだろう、という歌です。ここで「影」は、暗い影の部分ではなく、光を意味しています。また「あはれ」は、美しさに感動する意味と、かわいそうに思う意味が、ともに込められているようです。恋しい相手が月を見上げている。そしてそのひとを強く思うあまり、その月になれたら、とありえない想像をめぐらせてしまう。そんな場面が浮かびます。

 

■『NHK短歌』2020年10月号より

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