教養

国家は幻想の共同体


2020.07.20

私たちにとって「国家」とは、「共同体」とは、「法」とはなんなのか──それらと人との関係を問い質し、最終的には国家と個人の関係を考察した本が、吉本隆明(よしもと・たかあき)の『共同幻想論です。日本大学危機管理学部教授の先崎彰容(せんざき・あきなか)さんは「序文」から吉本思想の核心をつかみだすことが重要だと指摘します。

 

序文において、吉本はなにを明らかにしたかったのか。まずは最も有名な「個人幻想」「対(つい)幻想」「共同幻想」という概念を、確認するところから出発しましょう。

 

*  *  *

 

「角川文庫版のための序」には、「国家は幻想の共同体だというかんがえを、わたしははじめにマルクスから知った」と書かれています。しかしそのすぐあとに「だがこのかんがえは西欧的思考にふかく根ざしていて、もっと源泉がたどれるかもしれない」と言って、日本を含むアジア的な国家イメージと西欧のそれがまったく違うことに衝撃を受けたと書かれています。

 

吉本の理解では、西欧型の国家イメージは、私たちが営む社会生活のうえに聳(そび)えているもの、つまり国家権力や法といった硬質な存在が、日常生活とは別にシステムを組み上げている制度のことである。ところが、日本人を含むアジア人にとって、国家とは同胞とか血縁といった親近感を抱く共同体と重なり、おなじ顔立ちや皮膚の色、ことばの同質性などまで含めてしまう。この東西の国家イメージの差異は、なにを意味しているのか。

 

以上の吉本の指摘は、現在であれば「国民国家と民族」あるいは「愛国心と愛郷心」の違いとして説明されてしまうかもしれません。しかし吉本は、そうした外在的な説明に満足するタイプの思想家ではありませんでした。西欧の国家論、たとえば社会契約論やフランス革命を「ものさし」として、日本を評価し、限界を指摘する知識人は多く存在します。しかし吉本が目指したのはそうではなかった。吉本は西欧の国家論に出会った時の衝撃から出発し、その違和感を説明できる独自の国家論構築を目指したのです。

 

吉本の場合、国家を考える発想の原点はマルクスとエンゲルスです。しかし自身の個人的な体験は、マルクス主義国家論から逸脱する感覚があった。その感受性に正直に、一から国家論を組み上げていこうとした時、吉本は「共同幻想」こそ、日本人の国家イメージを説明するキーワードだと考えた。自分が生きている風土の感覚に根差しながら、同時にできる限り、国家を普遍的に説明できる原理、それが「共同幻想」なのだと考えたのです。よって、「共同幻想」は、私たちが考える国家だけでなく、法や宗教、国家成立以前の土俗的信仰までを射程にいれた概念であり、およそ人間同士がつくる共同体全般を指していると思われます。

 

次の引用を見てみましょう。

 

国家は共同の幻想である。風俗や宗教や法もまた共同の幻想である。もっと名づけようもない形で、習慣や民俗や、土俗的信仰がからんで長い年月につくりあげた精神の慣性も、共同の幻想である。人間が共同のし組みやシステムをつくって、それが守られたり流布されたり、慣行となったりしているところでは、どこでも共同の幻想が存在している。そして国家成立の以前にあったさまざまな共同の幻想は、たくさんの宗教的な習俗や、倫理的な習俗として存在しながら、ひとつの中心に凝集していったにちがいない。この本でとり扱われたのはそういう主題であった。

(「角川文庫版のための序」)

 

まず、なぜ「共同」ということばの後に、「幻想」がついているのかについて考えておく必要があります。それはおそらく、当時、国家あるいは共同体、人間関係に対する考察に最も影響力をもっていた、マルクス主義への対抗心があったからだと思います。

 

マルクス主義の場合、経済的な関係性を非常に重視して、経済構造から人間のあり方を考察します。「史的唯物論」と呼ばれる歴史観からすると、経済構造以外の人間の諸活動は二次的なものとして軽視されがちになります。それを逆転させるために、個人と他者が生みだす関係性は「幻想」という概念でとらえるべきであると強調した。「俺はマルクス主義とはまったく違う形で国家や人間について考えるのだ」と言いたかったのではないでしょうか。

 

■『NHK100分de名著 吉本隆明 共同幻想論』より

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