教養

敗戦が招いた国家への不信感と自己嫌悪


2020.07.23

文学青年でありながら、皇国少年であることをも自認し、第二次世界大戦を正しいと判断した戦時中の吉本隆明。しかし、敗戦によって戦時中の価値観の崩壊に直面し、激しい自己嫌悪に陥ります。この敗戦体験が、吉本を国家の成り立ちの探究へとつき動かしていきました。日本大学危機管理学部教授の先崎彰容(せんざき・あきなか)さんに、吉本が体験した戦争について伺いました。

 

*  *  *

 

吉本隆明は1924年、東京の下町、月島で生まれ、一家は間もなく近くの佃島に移りました。父親は小さな造船所を営む、熊本の天草から来た船大工です。「船大工の息子」であるという出自は、折にふれ吉本が誇りをもって語ったことでした。吉本の特徴の一つに、『共同幻想論』のようなきわめて高度な思索の背後に、必ず生活臭のあることばが織りこまれていることがあります。

 

下町の生まれで、決して裕福な環境で育ったわけではないことも、のちに彼が「大衆の原像」という有名なことばを生みだすきっかけとなったことでしょう。

 

「大衆の原像」とは、独り歩きして誤解を招きやすいことばですが、彼は「庶民の味方」を気取り知識人批判をしたわけではありません。『共同幻想論』が登場した60年代後半は、戦後の高度成長を背景に急速に「大学生」が増えていく時代でもありました。庶民層出身の自分が、父母のまったく知らない知識人階級のことばに出会う。ことばの眼鏡をかけると、父母が見ているのとはまったく違う不条理な世界が見えてくる。学生たちは戸惑います。その断絶と飛躍、違和感を吉本は理解したうえで、時代の必然として受け止めるべきだと学生たちを激励したのです。

 

「多忙な社会」である現在は、知識人の権威が地に墜ち、彼らは気の利いたコメントを即興で言える芸能人のような存在になってしまいました。知識人の大衆化と、大衆の知識人化が進んでいる現状では理解しにくいことですが、当時の若者たちのナイーブな心情を代弁したのが「大衆の原像」ということばだったのです。

 

ところで、戦中派の吉本自身は、東京府立化学工業学校から、1942年には山形の米沢高等工業学校に進みます。その頃から宮沢賢治や高村光太郎の詩に親しみ、横光利一や太宰治の小説、また保田與重郎や小林秀雄の評論などを読み漁り、やがて自分でも詩作を始めます。1944年に名称変更した米沢工業専門学校を繰り上げ卒業して、動員されて東京の工場で働いたのち、45年4月東京工業大学電気化学科に入学。戦況の悪化により、翌月には勤労動員で富山の工場へ送られました。

 

早熟な文学青年として米沢の地にありながら、周囲には戦争の足音が高く聞こえていました。マルクス主義などの反国家主義思想をしらずに育った吉本は、大学進学が国家のためにならず、今すぐ軍隊に入るべきではないかと悩みます。実際にある友人は卒業後、軍隊に入隊することが決まっており、吉本と送別会で飲み明かしました。彼は吉本に担がれながら、餞別として「ああ、吉本か。お前は自分の好きな道をゆくんだな。」という言葉を残し、二年後、特攻隊員となり死にました。こうして友人たちが巨大な歯車の中に一人、またひとりと呑み込まれていく有様を思い描きながら、『共同幻想論』の次の文章を読んでみるとよいでしょう。

 

人間のさまざまな考えや、考えにもとづく振舞いや、その成果のうちで、どうしても個人に宿る心の動かし方からは理解できないことが、たくさん存在している。あるばあいには奇怪きわまりない行動や思考になってあらわれ、またあるときはとても正常な考えや心の動きからは理解を絶するようなことが起っている。しかもそれは、わたしたちを渦中に巻き込んでゆくものの大きな部分を占めている。それはただ人間の共同の幻想が生みだしたものと解するよりほか術がないようにおもわれる。わたしはそのことに固執した。

(「角川文庫版のための序」)

 

まずは吉本の困惑を読み取ることが大切です。人間が正常な考え方をしている限り、なんの問題もなく思える。ところが、私たちは自分自身でも理解を絶するような行動にでてしまうことがある。たとえば戦地へ赴けば、平気で死体の数をかぞえ、笑顔で記念写真を撮ることもできる存在、それが人間である。なぜ、こういう奇怪きわまりない行動や思考ができるのか。私たちはなにに呑み込まれて、狂気の渦に巻き込まれていくのか。正常と異常を切り替えるスイッチとはなんなのか。吉本がだした答えは、それは「共同幻想」が生みだしたものだと理解するより他に術がない、というものでした。

 

こうして吉本は、異常が常態であるような奇妙な日常生活、きわめて緊張感の高い死と隣り合わせの時間を青年期に過ごすことになります。人々は集団を組んで凝集し、敵と睨みあっている。吉本自身もまた、戦中派の日本人として皇国少年、軍国少年であることを自負していました。文学青年として躊躇(ためら)いつつも、貪(むさぼ)るように読書した結果、この戦争は正しいと最終判断をくだします。死は自分にとって必然である。ならばなんのために死ぬのか、納得できる絶対的な理由が欲しい。それが吉本を皇国少年にし、「共同幻想」に埋没させていったのです。

 

ところが、敗戦の衝撃は世情を一変させました。吉本は「思想的不毛の子」(1961)という文章の中で、眼の前で展開された異様な光景を書き留めています。敗戦の時、毛布や食糧を山ほど背負い込んだ復員兵とともに、動員先から帰ってきた時の気持ちを忘れることはできない。この兵士たちは、一体どんな存在なのだろう、どういう心持ちでいるのだろう。彼らは天皇の命令によって、米軍への抵抗をやめて武装解除し、また戦争を指揮した支配者に怒りの銃口をむけることもない。嬉々として食糧や衣料をもって故郷へ帰っていこうとしている。なぜなのか。日本人はいったいどういう人種だと考えればよいのか──「兵士たちをさげすむことは、自分をさげすむことであった」。

 

なぜ兵士への軽蔑が自己蔑視につながるのか。理由はこうです。戦争は勝利という一つの目標にむかって日本人を緊密に結びつけていました。そこにはすべての価値観や世界観がピラミッド状に聳えた強固な共同性がありました。このつながりが、敗戦によって一夜にして瓦解したのです。結果、吉本の眼の前にあったのは、瓦礫のように善悪の価値観が壊れ、銘々のエゴイズムへと突き進む人々の姿でした。価値観のピラミッドが壊れてしまえば、なにをしてもよいことになる。戦時中の緊密な人間関係が瓦解し、吉本は精神の荒野に置き去りにされたのです。

 

吉本を深刻な精神の危機が襲ったことは間違いありません。自分が正しいと思っていた価値観が全否定され、人間関係は風船が破裂するように壊れ、吉本はある種の放心状態に陥ってしまったのです。他者への不信感は、同時に、自己自身への嫌悪感となって跳ね返ってきました。

 

■『NHK100分de名著 吉本隆明 共同幻想論』より

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