教養

実は気さくで魅力的だったカント


2020.06.25

数ある哲学書のなかでも最高難度といわれる『純粋理性批判』。著者である哲学者イマヌエル・カントはどのような人物だったのでしょうか。東京医科大学哲学教室教授の西 研(にし・けん)さんがそのプロフィールを紹介します。

 

*  *  *

 

カントは、1724年にプロイセンのケーニヒスベルク(現・ロシア領カリーニングラード)に生まれました。父親は馬具職人。経済的に余裕のある家庭ではありませんでしたが、少年カントの聡明さを知る周囲の後押しもあって、学問の道に進みます。

 

16歳でケーニヒスベルク大学に入学。当初は神学を志していましたが、大学で「自然学」と出会い、アイザック・ニュートンに傾倒していきます。自然学とは、哲学から枝分かれした学問で、いまでいう自然科学にあたります。カントは、ゴットフリート・ライプニッツのような哲学の著作のほかに、物理学や天文学、地理学、数学など幅広い知を獲得していきました。

 

22歳で卒業したときには両親はすでに亡く、経済面では苦労しました。家庭教師をしながら生計を立て、苦学の末にようやく哲学修士の学位を取得したのが31歳のとき。その後、大学講師や王立図書館司書などを経て、46歳で母校ケーニヒスベルク大学の哲学教授に就任しました。

 

講師時代からカントの授業は面白いと評判で、講義録も出版されていたようです。当時の聴講者の一人で、のちに哲学者として活躍するヨハン・ゴットフリート・ヘルダーが師の人となりを伝える文章を残しているので、以下に引用しておきましょう。後年、ヘルダーはカント哲学を批判する立場をとるのですが、ここではカントがいかに魅力的で尊敬すべき人物であったかが、生き生きと記されています。

 

私は幸運にもひとりの哲学者を識った。それは私の先生であった。彼はその最も元気な時代には、若者のように陽気できびきびしたところをもっており、しかも私の考えでは最晩年までそういうところを残していたと思う。ものを考えるための広い額は、何事にもめげない快活さと喜びとの宿る場所でもあり、ゆたかな思想をふくむ言葉が彼の口から流れ出、冗談や洒落などを思いのままに言うことができ、人を教える講義が人を楽しませる会話と同じだった。(中略)人類史、民族史、自然史、自然学、経験から、多くの例を引いて、講義や談話に生気を与えた。知るに値するものなら何にでも興味をもった。真理を拡大し闡明(せんめい)することに比して、人間間の悪だくみとか徒党とか偏見とか名声欲などは少しも彼の心を惹かなかった。彼はわれわれをはげまし、みずから考えるよう快く強いた。圧制は彼の心には無縁だった。この人の名を私は最大の感謝と敬意とをもっていうが、それはイマヌエル・カントである。

(野田又夫「カントの生涯と思想」『世界の名著32 カント』中央公論社)

 

カントの著作を読むと、さぞ気難しい人物だったのではと想像してしまうのですが、実際は気さくで魅力的な人物だったようです。彼が暮らしたケーニヒスベルクは、世界各地から人や物が集まる港湾都市でした。カントは、世界情勢を知る商人たちとも親しく交わり、食事を共にしたりして楽しみました。

 

小柄で痩身(そうしん)のカントは、それほど丈夫な体ではありませんでした。そのためでしょうか、とても規則正しい生活を送っていました。起床時間はもちろん、食事の時間やメニュー、日課にしていた散歩のコースまで毎日同じだったという話は有名で、近所の人たちは彼を「ケーニヒスベルクの時計」と呼んでいました。

 

講師の職を得て以降のカントは精力的に論文を執筆し、毎年のように発表しています。ところが教授職に就いた途端、その筆がぴたりと止まる。多忙だったこともあると思いますが、実に11年ものあいだ、ただの一作も発表していません。この長い沈黙を破って発表されたのが、今回みなさんと一緒に読み解く『純粋理性批判』です。初版の刊行は1781年。カントはこれに大幅な加筆修正を加え、87年に第二版を上梓しています。

 

冗談や洒落(しゃれ)を好み、講義も面白いと人気だったカントですが、『純粋理性批判』は緻密(ちみつ)にして難解。出版当初の反響は芳(かんば)しくなかったようですが、哲学の長い歴史において間違いなく五指に入る第一級の名著だと思います。その後たて続けに発表された『実践理性批判』『判断力批判』とともに「三批判書」と呼ばれ、のちの哲学者たちに大きな影響を与えました。

 

■『NHK100分 de 名著 カント 純粋理性批判』より

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