教養

「自転車」を詠む


2020.06.01

「コスモス」会員の小島なおさんが、「自転車」を詠んだ歌を紹介します。

 

*  *  *

 

二百年以上の歴史を持つ自転車。すでに自転車は私たちの生活の一部として切り離すことはできません。振り返れば誰にもそれぞれに自転車に纏(まつ)わる思い出があるはずです。そしてそれはきっと時代によってもさまざま。

 

私がまず思い出すのは映画「E.T.」のクライマックス。前籠にE.T.を乗せた少年の自転車が大きな満月をバックに空飛ぶシーンは今なお忘れられません。エリオット少年の着ていたようなフード付きの赤いパーカーを買ってもらったことも。

 

そういえば、学生の頃に流行ったゆずの「夏色(なついろ)」という曲にも自転車が歌われていました。長い下り坂を、君と僕が自転車を二人乗りしてゆっくり下っていくという歌詞に、こんな風に坂を下りたいねぇと、何度友だちと頷き合ったことか。

 

細田守監督のアニメーション映画「時をかける少女」でも主人公の真琴(まこと)が時空を超える能力を発揮するきっかけになったのは、ブレーキの壊れた自転車での踏切事故でした。頼れる同級生の青年と、未来から来たミステリアスな青年との三角関係で揺れる真琴が羨ましかった……。自転車から生まれるドラマ。

 

灼けしるきサドルを確(しか)と撫でゐしが腰を浮かして漕ぎてゆきたり

春日真木子(かすが・まきこ)『何の扉か』

 

猛暑日の一場面。自転車の、とくに黒いサドルはたった数時間止めておくだけでちんちんに熱くなっていて、お尻を乗せると火傷してしまいそうなほど。しばらく「いけるかな」とサドルを撫でていた彼/彼女も結局諦めて、立ち漕ぎでその場を去っていったのです。一部始終の一コマ一コマが見えてくるような言葉運びが鮮やか。そしてそのおそらく若い人の姿を、作者は遠い日の自分を見るように、若い肉体のしなやかさを眩しく、すこし寂しく眺めていたことでしょう。

 

あっさりとカシミアセーター着くずして自転車に乗るように生きたし

松平盟子(まつだいら・めいこ)『プラチナ・ブルース』

 

高級なので普段着にするには躊躇してしまうカシミア素材のセーター。けれど作者はそうじゃない。カシミアセーターをこそ着崩して、近所にふらっと自転車で出かけるようにラフに、自在に生きたいのだと。カシミアセーターと自転車の取り合わせが新鮮。また初句から四句までがすべて「生きたし」に係る比喩だということも見逃せません。生きることは本来このように軽やかで、すずしいものなのかもしません。

 

■『NHK短歌』2020年5月号より

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