教養

飲食から見える人生を歌に詠む


2020.05.30

誰と、どこで、どんなものを食べたり飲んだりしたのか——飲食の風景は、その時代の文化や価値観を象徴するものだと「塔」選者の栗木京子(くりき・きょうこ)さんは言います。今年度の「短歌de胸キュン」のテーマは「飲食の風景」です。

 

*  *  *

 

呼吸や睡眠と同じく、飲食は生きるために欠かせない行為です。物理的に重要というばかりでなく、食べたり飲んだりすることは精神的にも大きな意味をもちます。それゆえ短歌の題材になりやすく、飲食をめぐる多くの短歌が詠まれています。それらの作品を、一年を通して鑑賞してゆきましょう。

 

私の記憶の中の最も旧(ふる)い食事風景は、畳の上に卓袱台が置かれて家族が円い台を囲んでいる場面。食事が終わると卓袱台や座布団は片付けられました。昭和三十年代の食卓です。七歳のときに引越しをして、その後は「テーブルに椅子」の食事になりましたが、今でも卓袱台にはなつかしさを覚えます。

 

寂しくてひとり笑えば卓袱台(ちゃぶだい)の上の茶碗が笑い出したり

 山崎方代(やまざき・ほうだい)『こおろぎ』

 

 

卓袱台には急須や湯吞のみ茶碗がよく似合います。ひとりで卓袱台の前にいるときには茶碗が話し相手になってくれそう。ほのぼのとした気分が広がってくる歌です。ただ、最近は卓袱台の歌とあまり出合わなくなりました。わが家の変化と同様、食卓といえばテーブルを指すことが多くなっています。

 

さて今回、食卓を詠んだ印象的な歌をいろいろと読んでゆくと、歌の背景に朝、昼、晩、夜などの時間帯がこまやかに反映されていることに気付きました。

 

たしかに、私たちは一日に何度も食卓につくのですが、時間によって飲食の内容が変わりますし、そのときの気持ちにも違いが見られます。同じ家の同じ食卓に対しても、広く見えたり明るく見えたり暖かく見えたりすることがあり、またその逆もあると言えるでしょう。

 

りんかくはひかりとおもう食卓の皿に盛られて朝のレタスは

 加藤治郎(かとう・じろう)『混乱のひかり』

 

朝食の情景です。レタスのサラダ。他にもパンや卵料理やコーヒーがあったのかもしれません。洗い立てでパリッと輝く葉が、朝食メニューの中で最もまぶしく感じられたのです。葉の質感や淡い緑色がじつに爽やか。ちぎって皿に盛られているレタスの緑に着目し「りんかくはひかりとおもう」と表したところが新鮮です。平仮名だけで表記したことで、発見の初々しさが伝わってきます。朝の食卓をつつむ光は、電灯というより太陽光でしょう。繊細な言葉選びによって、一日の始まりの昂揚感が生み出されています。

 

■『NHK短歌』2020年4月号より

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