教養

人々の「おごり」と「没落」を描いた『平家物語』


2020.05.23

貴族の摂関政治から院政へと向かい、武士が台頭した平安末期。『平家物語』は末法の世とも言われた時代で動乱の渦中にいた平家一門の興亡を描く鎮魂の物語です。能楽師の安田 登(やすだ・のぼる)さんは、冒頭部分に「驕り」というキーワードが早くも登場している点に注目します。

 

*  *  *

 

では、早速本文を読んでみましょう。まずは有名な冒頭の部分です。

 

祇園精舎(ぎをんしやうじや)の鐘の声、諸行無常(しよぎやうむじやう)の響(ひびき)あり。娑羅双樹(しやらさうじゆ)の花の色、盛者必衰(じやうしやひつすい)の理(ことわり)をあらはす。おごれる人も久しからず、唯(ただ)春の夜(よ)の夢のごとし。たけき者も遂(つひ)にはほろびぬ、偏(ひとへ)に風の前の塵(ちり)に同じ。

(巻第一 祇園精舎)

 

平家琵琶の琵琶法師の語りでは、この部分だけで七分ほどかかります。果たしてそれで内容が理解できるのか、意味のまとまりが聴き取れるのか、と思うかもしれません。しかし、語り物における意味のまとまりは「文」ではないのです。さまざまに聞こえてくる「語」が音として立ち上がってきて、それらを自分の頭の中で自由に連関させていくというのが語り物の聴き方です。これは能の謡(うたい/セリフ、歌)でも同じです。

 

私は能の『三井寺』を観ていたときにおもしろい体験をしました。鐘の音を表す「じゃん、もん、もん、もん、もん」という音が、「しょぎょうん、をん、をん、をん。むじょうん、をん、をん、をん」と言っているように聞こえたのです。

 

『平家物語』の祇園精舎の鐘の音は、すべてのものは移り変わる、常なるものは何もない、という仏教の無常観を感じさせるものであったと同時に、音としてもまさに「しょぎょう、むじょう」と聞こえたのではないか、とそのとき気づきました。やはり、『平家物語』の文章には、声に出されてこそのおもしろさがあると思います。

 

「祇園精舎」は釈迦が説法を行った寺の名前ですが、そこに象徴されるように、『平家物語』の基調には仏教的な無常観が流れています。また、悪行を犯しても「南無阿弥陀仏」と念仏を称えれば救われるという、浄土教の教えも折々に説かれています。一方で、すべてが移り変わっていく中で何とか組織を延命させるための鍵として、この作品の中では儒教的な倫理観も非常に重要なものとして描かれています。

 

さて、この冒頭の文章に、「驕(おご)り」というキーワードが早速登場していることに注目しましょう。「驕り」に似ているものに「誇り」があります。ともに「自分が優れていると思う気持ちを外に出すこと」を言いますが、「驕り」はさらに一歩進んで、それを「当然だと思う」ことを言います。「驕り」は、権力を持った者が没落していく、あるいは、組織が崩壊していくときのきっかけとなるものです。

 

「おごれる人」と言うと平家だけだと思いがちですが、『平家物語』の中で驕れる存在として最初に登場するのは貴族たちです。後白河法皇に仕える者たちが官位や俸給を十分すぎるほどもらっているにもかかわらず、それに満足しない様子が、「されども人の心のならひなれば、猶(なほ)あきだらで」と書かれています。驕りが「人の心のならひ」ならば、どんな人でも驕るのです。どんなにたくさん報酬をもらっても、人はすぐにそれに「あきだらで」、つまり、飽き足りなくなってしまう。それが人間の性(さが)です。

 

平家の人々も最初は天皇からの望外の待遇を「ありがたい」と思っていました。が、それはやがて「あたりまえ」になり、「あたりまえ」は「もっと」になる。そして「もっと」が過ぎると、相手を「恨む」ようになる。周りからも恨まれ、やがて陰謀や争いも起きる。こうして「おごれる人も久しからず」となるのです。これは平清盛だけでなく、すべての人に当てはまります。『平家物語』では、清盛をはじめ、権力を手にした者たちが驕り、そして没落していく過程が繰り返し描かれることになります。

 

■『NHK100分de名著 平家物語』より

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