教養

些事をきっかけに生まれた「平家」対「源氏」の対立構造


2020.05.28

「平家」と「源氏」といえば、平安末期に大騒乱を起こした二大勢力ですが、そもそもこの対立構造はどのような経緯で出来上がったのでしょうか。能楽師の安田 登(やすだ・のぼる)さんに教えてもらいました。

 

*  *  *

 

後白河法皇を鳥羽離宮に幽閉し、ますます権勢をふるう清盛。法皇の第三皇子以仁王(もちひとおう)は、学才も秀でた立派な人物でしたが、継母(建春門院滋子)に恨みを買ったため、皇位継承の路線から外され、風雅の道に遊ぶことを心の慰めとしていました。そこへやってきたのが源頼政という喜寿の老武者です。頼政は「あなたこそが天皇になるべきお方です。後白河法皇のためにも平家を滅ぼすことこそが御孝行の至り。令旨をお下しいただければ大勢の源氏が馳せ参じるでしょう」と、五十名以上の源氏の武将の名を列挙します。そこには、のちに活躍する木曾義仲や源頼朝の名前もありました。以仁王は躊躇(ちゅうちょ)しますが、すぐれた人相見でもある少納言伊長(これなが)らの進言もあり、最終的に平家打倒の令旨を出します。これが各地の源氏に伝わり、平家討伐の大義名分ができました。源頼朝ら、源氏の主な武将が動き出すのはもう少しあとの話になりますが、ともあれ、源氏に対して平家打倒の命令がついに出たという意味で、ここは重要なポイントです。

 

以仁王の「御謀反(ごむほん)」と『平家物語』に書かれるこの事件(「御謀反」という言葉遣いは変ですね)は、実は些細なことに端を発していました。その些事というのは、平宗盛と源頼政の息子のあいだに起きた馬の取り合いでした。

 

頼政の嫡男仲綱(なかつな)は名馬を所有していました。宗盛はその評判を聞き、馬を見たいと使者を出すのですが、仲綱はなかなか見せようとしません。憎らしく思った宗盛はしつこく何通も手紙を送りつけます。父、頼政にも説得された仲綱はついにその馬を宗盛のところに届けました。宗盛は、たしかによい馬だが、持ち主があんなに渋るのはよくなかった、と言って、その馬に「仲綱」という焼き印を押して、馬を見に来た来客にも「その“仲綱”めに鞍を置いて引き出せ。“仲綱”めに鞭をあてよ。なぐれ」などと言って恥辱を与えたのです。これに憤慨した頼政が、以仁王に平氏打倒をけしかけました。

 

以仁王の「御謀反」の企ては、すぐに平清盛に知られ、清盛は以仁王逮捕の命令を出します。それを知った以仁王は女装して脱出、三井寺に向かいます。頼政父子も自邸に火をかけて三井寺に向かう。しかし、頼政の郎党で渡辺競(きおう)という男だけが都に残っています。宗盛は「なぜお前だけが残っているのか」と尋ねました。競は、頼政だけでなく平家にも仕えていた武将でした。宗盛に「朝敵、頼政に仕えるのか、それとも平家に仕えるのか」と詰問され、競は「これからは宗盛様にお仕えしたい」と言う。喜ぶ宗盛。しかしこれは競の作戦でした。競は、頼政を討つために馬がほしいと宗盛に願い出て、宗盛の愛馬をまんまと手に入れるのです。そして頼政の元に戻り、仲綱に馬を献上。仲綱は馬の尻尾やたて髪を切って「平宗盛入道」という焼き印を押し、宗盛に送りつけました。尻尾やたて髪を切ったので「入道(出家)」になったというのですね。競にだまされた上に愛馬を傷つけられ、怒り心頭の宗盛──。

 

この馬をめぐる事件が、平家軍と以仁王一派の全面対決に発展します。このとき清盛は絶頂期を迎えていました。また、源頼政はこのときまで平家といさかいを起こしていません。「平家」対「源氏」の構造は、これをきっかけに生まれ、そしてそれがやがて平家滅亡につながっていきます。以仁王の「御謀反」は結局、失敗に終わりました。しかし、これを契機に平家の勢いが傾き始めます。宗盛が馬を見たさにいじわるをしたという些事が、一門の没落という大事の端緒となる。このエピソードが示しているのは、どんなに大きな出来事も、きっかけは些細なことだということでしょう。

 

いまでも、私たちの目には映らない、ほんの些細な出来事、ニュースにもならないような小さな事件が、実は歴史を大きく動かすきっかけとなっているかもしれません。大事件のきっかけとなる、その最初の些事をしっかり描いているところも、『平家物語』のおもしろさのひとつです。

 

■『NHK100分de名著 平家物語』より

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