教養

『老子』 もともとは名無しの書物だった?


2013.05.15

書物『老子』のなかにみられる思想は、春秋戦国時代に形成されたものとされ、その時代は鉄器が普及し始めた頃だった。これにより武器が発達し、諸国の王たちは兵士に鉄製武器を持たせ軍備を整え、群雄割処(ぐんゆうかっきょ)の乱世へ突入していった。不安定な時代に国をいかに治めていくかという統治論は『老子』の特徴のひとつだ。

 

こうして書かれた同書だが、『老子』というタイトルがつけられたのは後世のことで、もともとは名無しの書物だったという。『老子』の本来の姿が研究によって明らかになったのは、二十世紀になってからだと東京大学名誉教授の蜂屋邦夫さんは解説する。

 

*  *  *

 

現在、私たちが目にする『老子』は八十一章ありますが、章に分けられたのは後世になってのことです。おそらく前漢末頃に章立てがされるようになり、今の順序に落ち着いたのは、それからさらに後のことです。

 

このような古代の『老子』の本来の姿が見えてきたのは、二十世紀に入ってからの二つの大発見に拠るところが大きいでしょう。それまでは八世紀初頭の石刻(道徳経石刻)が現存最古のテキストとされてきましたが、それより九百年もさかのぼる『老子』が見つかったのです。

 

一九七三年に湖南省長沙市馬王堆の第三号漢墓から出土したのが、絹に書かれた「帛書『老子』」(帛は絹の意味)と呼ばれる二種類の『老子』です。この二種類の『老子』は甲本、乙本と名づけられ、甲本は紀元前二百年前後に書かかれたもの、乙本はそれより三、四十年後に書かれたものです。甲本には書名がありませんが、乙本二篇の末尾には「徳」と「道」とありました。これは書名というよりも、二篇を区別するために、各篇の最初の言葉をメモしたものとされます。

 

それから二十年後の一九九三年には湖北省荊門市郭店の第一号楚墓(戦国時代の楚国の墓)から、数種類の竹簡が出土しました。竹簡とは、竹を細く切った短冊状のものに文字を書いて、すだれのように紐で編んだものです。この中に、馬王堆の『老子』よりもさらに一世紀ほど前に書かれた『老子』が含まれています。現在これは「郭店楚簡『老子』」と呼ばれています。

 

「帛書」「楚簡」のいずれも章立てはされておりませんが、「帛書」の配列がほぼ現在の老子と同じであるのに対して、「楚簡」のほうは現行本の配列とまったく異なっていました。これら二種類の『老子』についての研究は、現在もなお進められています。

 

■『NHK 100分de名著』2013年5月号より

 

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