教養

ピノッキオの無造作な残酷さ


2020.04.22

大工のさくらんぼ親方から譲り受けた喋るまるたん棒で人形を作ったジェッペット。ピノッキオと名付けられたこの人形は、作られてすぐ度を超したいたずらを始めます。イタリア文学研究者、東京外国語大学名誉教授の和田忠彦(わだ・ただひこ)さんが、『ピノッキオの冒険』序盤の怒濤の展開を紹介します。

 

*  *  *

 

まるたん棒を持ち帰ったジェッペットは、早速人形作りに取り掛かります。名前はピノッキオに決めました。顔を作っていると、目玉がきょろりと動いてこちらを見つめます。次に鼻を作ると、なんと鼻がどんどん伸び始めました。

 

鼻が伸びる──。これはおそらく誰もが知っているピノッキオの特徴でしょう。鼻が伸びるのは、かれが嘘をついたとき。一般的にはそう認識されていると思います。しかし、ここでピノッキオは嘘はついていません。鼻が作られるそばから鼻が伸びたのです。物語では、最初にピノッキオの鼻が伸びるこのシーンのあと、もう二回ほど鼻が伸びる出来事があります。いったいどんなときに鼻は伸びるのか、それは何を表しているのか、このあとのシーンも読みながら追って考えていきたいと思います。

 

そんなピノッキオは、作られてすぐジェッペットにいたずらし放題です。言葉でからかう。ジェッペットのかつらを取り上げる。足ができたとたんにジェッペットの鼻を蹴飛ばす。この一連の大胆不敵なピノッキオのしわざの描写をひいてみましょう。

 

「この悪がきめ! まだできあがってもいないうちから、もう父親を敬うってことを忘れてるなんて! だめだぞ、息子よ、それはいかん!」

 

ジェッペットは涙をぬぐった。まだ、足とつま先が残っている。ようやくつま先ができたと思ったら、鼻先にがつんと蹴りをくらった。

 

「自業自得だ!」独り言が口をついて出た。「前もって、よくよく考えるべきだった! いまさら嘆いてもしようがない!」

 

それからあやつり人形を脇に抱え、部屋のなかを歩かせようと床に立たせた。

 

ピノッキオは足がしびれていて、どう動けばよいかわからない。そこでジェッペットが手をとって、左右に足を動かす方法を教えてやった。

 

足がほぐれてくると、ピノッキオはひとりで歩き出し、じきに部屋のなかを走りはじめた。しまいには、玄関の扉をすり抜けて通りへ飛び出し、そのまま逃げていってしまった。かわいそうなジェッペット、いくらあとを追いかけても、兎みたいにぴょんぴょん跳ねていく悪がきのピノッキオをつかまえられない。木の足が通りの石畳を打つたびに、ものすごい音があたりに響く。まるで木靴を履いた農夫が二十人駆けているみたいににぎやかだ。

(第三章)

 

やがてピノッキオは、騒ぎに気づいてやってきた警察官につかまります。しかし、野次馬の言い分を信じた警察官によってピノッキオは自由の身となり、あべこべにジェッペットが牢屋に入れられてしまいました。この物語にいくつか登場する不条理な事件の最初のものです。

 

物言うコオロギと衝撃のシーン

 

ひとりで家に帰ったピノッキオは、部屋のなかで一匹のコオロギと出会います。物言うコオロギです。百年以上この家に住んでいるというこのコオロギは、物語のなかでは常に、ピノッキオにものの道理を教えようとする存在として登場します。ここは自分の部屋なのだから出ていけというピノッキオに対し、コオロギは「親の言いつけに耳を貸さずに、気軽に家を飛びだす子どもには、災難が待っているものだ。そんな子どもは、けっして幸福な暮らしは送れない。遅かれ早かれ、苦い思いで後悔するにちがいない」と忠告します。家にいたってろくなことがない、どうせほかの子どもたちと同じように学校に行かされるのがオチだ、と開き直るピノッキオ。学校が嫌なら手に職をつけろ、そうすれば食うには困らない、と諭すコオロギに対し、ピノッキオは言い放ちます。

 

 

「いいことを教えてあげるよ」我慢しきれなくなって、ピノッキオが言葉を返した。「ほんとうにぼくにぴったりの仕事は、この世にひとつしかないんだ」

 

「で、その仕事って?」

「食べて、飲んで、寝て、遊んで、朝から晩までぐうたら暮らすっていう仕事だよ」 

(第四章)

 

コオロギは静かに、「そんなことを仕事にしている人間は、最後はたいてい、病院か牢屋に行きつくものだがね」とつぶやきます。そして、ピノッキオの怒りが爆発します。

 

「いいか、縁起でもない、このばかコオロギ、ぼくを怒らせたらただじゃすまないぞ……!」

 

「かわいそうなピノッキオ! きみが気の毒で仕方がない……」

 

「気の毒? どうして?」

 

「なぜって、きみがあやつり人形だから。そして、もっと悪いことには、頭の中まで木で出来ているから」

 

最後の言葉を聞いた瞬間、ピノッキオは怒りのあまり飛びあがり、作業台の木槌をつかんで喋るコオロギに投げつけた。

 

たぶん、ほんとうに当たるとは思っていなかったんだろうね。だけど痛ましいことに、木槌はコオロギの頭にまともに命中した。こうして、かわいそうなコオロギは「クリ、クリ、クリ」と細い鳴き声をあげてから、その場で息絶え、壁にへばりついたまま動かなくなった。

(同前)

 

いきなりの残酷な殺人(あるいは殺虫?でしょうか)の場面です。児童文学であることを考えると衝撃的ですね。この物言うコオロギという存在は、ピノッキオとの対比で言えば「先住民」にあたります。この世界に人間ならざるものとして先に住み着いている存在です。そんなコオロギを、ピノッキオはいとも簡単に無惨に殺してしまった。そのあまりに無造作な残酷さが、物語の出だしから間もないところにいきなり描かれているわけです。これは読者が最初に出くわす、また物語全体をとおして最も惨たらしいシーンの一つでしょう。

 

■『NHK100分de名著 ピノッキオの冒険』より

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