教養

“びっくりするほどの傑作”だったクラークの処女作「太陽系最後の日」


2020.03.23

アーサー・C・クラークの処女作「太陽系最後の日」は、クラークが28歳のときに「アスタウンディング」というアメリカのSF雑誌に掲載された短編です。「センス・オブ・ワンダー(驚きの感覚)」を代表する歴史的一編となったこの作品の持つ力について、作家の瀬名秀明(せな・ひであき)さんが解説します。

 

*  *  *

 

物語はこんな書き出しから始まります。

 

いったいだれの責任なのか? 三日間というもの、その疑問がアルヴェロンの脳裡を去らなかった。

『太陽系最後の日』(ハヤカワ文庫SF)中村融訳

 

アルヴェロンとは何者か。ふつう読者は、最初に登場するキャラクターは人間だと思って読むことでしょう。しかし、このアルヴェロンは人間(地球人)ではありません。数行後には「歴史の曙このかた、すなわち〈劫初〉の彼方に横たわる未知の力によって、宇宙に〈時の障壁〉が張りめぐらされた悠久の過去このかた、大宇宙の貴族を任じてきた」眷属(けんぞく)の一人だと明かされます。要するに、最高度の文明が発達した異星人で、銀河系の管理を担っているらしい。

 

アルヴェロンは、あと数時間のうちには命運のつきる第三惑星の生命体を救うため、緊急で駆けつけている宇宙船の船長です。アルヴェロンは、異星人らしく触手をひらめかせると、「総員注意」のボタンを押し、「全長一マイルにおよぶ円筒形の銀河調査船S九〇〇〇号の各部署」の「さまざまな出自の生物たち」にこう切り出します。

 

われわれはいま、ある恒星に近づいており、それは新星(ノヴァ)と化そうとしている。爆発は七時間後に起きるから、一時間の誤差を見こむと、探検に残されたのは、最大でわずか四時間ということになる。破滅に瀕している星系には十個の惑星があり─その三番めには文明が存在する。その事実が発見されたのは、ほんの数日前にすぎない。その悲運の種属と接触し、可能であれば、その成員の一部を救出するのが、われわれに課せられた悲しむべき任務である。

 

爆発が近い恒星とは、どうやら太陽のことらしい。ここで初めて読者は、アルヴェロンらが救出に向かった先は、地球であると知らされる。その後の物語も、終始、銀河調査船のアルヴェロン船長と「さまざまな出自の生物」である乗務員の視点から語られてゆく。つまり、これは異星人の視点で読む物語なのです。

 

本作の原題は『Rescue Party』──直訳すれば「救助隊」です。読者はみな地球の人間のはずなのに、アルヴェロンら異星人の気持ちと同化して、この物語を読むのです。まさにSFならではの技巧でしょう。

 

この作品は、異星人の視点で語られるところに特徴があります。いきなり異星人が登場して、彼らに感情移入するほかない。人類はいったいどうなってしまうのか、懸命に探査する異星人の観点から考えてしまう。ちょっと間抜けなトラブルも生じて、そちらをどう解決するのか気にかけていると、人類の危機という大前提も一瞬忘れてしまう。ふと我に返ると、スクリーンに大船団を組む人類たちの映像が現れる。

 

読者は、映像に映る地球人の一員であるはずなのに、異星人の目で、「なんと凄い奴らなのだ」と驚くわけです。これは、SFでなければ書き得ない視点の転換でした。ほかの知的生命体の視点から人類を見直すことで、改めて人類の持っている潜在的な可能性を際立たせているのです。

 

視点の逆転、価値観の逆転。文庫でわずか数十ページの短編ですが、極めてインパクトの強い作品です。かつてSFの本質を表す概念として「センス・オブ・ワンダー(驚きの感覚)」なる言葉が盛んに使われた時期がありました。この「センス・オブ・ワンダー」という表現は1940年代からアメリカで使われていたそうですが、本作「太陽系最後の日」はまさにセンス・オブ・ワンダーを代表する歴史的一編となりました。本作はあまりにもびっくりする傑作であるだけに、ある時期までSFであるかどうかを測る物差しとして、あるいは原器(基準器)として機能してきたとさえいえるかもしれません。

 

■『NHK100分de名著 アーサー・C・クラーク スペシャル』より

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