教養

「プラハの春」挫折が残した負の遺産と「憲章七七」の出現


2020.03.07

演説するハヴェル 写真:アフロ

第二次世界大戦後に社会主義体制が樹立されたチェコスロヴァキアで、1968年に変革運動が起こります。第一書記に就任したスロヴァキア出身のドゥプチェクが主導したこの改革は「プラハの春」と呼ばれ、検閲を全面的に廃止し、「社会制度および政治制度全般の民主化」を約束した党の「行動綱領」を発表。文化や芸術の分野においても素晴らしい才能を輩出しましたが、ソ連などほかの東欧諸国が武力によりこの動きを封じ、プラハの春は挫折してしまいます。ディシデント(反体制派)として活動していたヴァーツラフ・ハヴェルは、プラハの春とその後の変化をどのように受け止めていたのでしょうか。チェコ文学者、東京大学准教授の阿部賢一(あべ・けんいち)さんに伺いました。

 

*  *  *

 

ハヴェルは後に、プラハの春を「隠れた領域」が開かれていったものだと評価します。しかし、「雰囲気」や「政治的路線」が多少変わったとはいえ、ポスト全体主義体制の「権力構造の核心」を変えるには至らず、そのため、ソ連軍の戦車という外的な圧力に屈したと見ていました。こうした反省から生まれたものの一つが、「憲章七七」でした。

 

「憲章七七」による合法的な抵抗

 

ハヴェルが、「プラハの春」が終焉を迎えた後に起きた「もっとも重要な政治的出来事」であると考えていたのが、「憲章七七」の出現です。英国の「大憲章」にも見られるように、「憲章」という名称が用いられることで、特定の集団ではなく、広範な人々を対象にしたものであることが伝わってきます。

 

「憲章七七」は、哲学者のパトチカ、元共産党の大臣ハーイェク、ハヴェルの三名がスポークスマンとなり、242名の署名を集め、1977年1月1日、『ル・モンド』『ニューヨーク・タイムズ』など西側のメディアで発表されました。

 

この文章が訴えているのは、1975年にチェコスロヴァキア政府が批准したヘルシンキ宣言の人権条項を遵守すること。ただそれだけです。

 

一九七六年十月十三日、チェコスロヴァキア社会主義共和国法令集(第一二〇号)において、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(以下、第一規約)と「経済的、社会的、文化的権利に関する国際規約」(以下、第二規約)が公表された。両規約は、一九六八年に我が共和国の名前で署名され、一九七五年にヘルシンキで批准され、一九七六年三月二十三日に我が国で効力を発したものである。それ以降、我が国の市民はそのような権利を有し、国家はそれに従う義務を有する。 (著者訳)

 

これが「憲章七七」の冒頭部分なのですが、法律の条文のようで、とても素っ気ない文章です。しかし、ハヴェルがこれを「もっとも重要」と捉えていることには、いくつか理由があります。

 

まずは、「憲章七七」が「合法性」の精神に基づいているからです。

 

ヘルシンキ宣言は、批准した翌年にはチェコスロヴァキア国内でも効力を発することになっていました。非常に単純に述べると、「憲章七七」の主張は「ヘルシンキ宣言が十分に守られていないので、守ってください」と政府に訴えているだけです。国家転覆を企んだり、体制転換を促したりする文言は一言も出てきません。法律に触れることなく、法律を遵守するように促す。ごく当たり前のことでしかありません。この「合法的である」ということが、ハヴェルらにとって大きな意味を持っていました。

 

社会の自由を求める戦いに、「合法性」を維持して行なうものと、(武装、非武装を問わず)「抵抗」の二つがあるとしたら、ポスト全体主義に対して効力を発揮するのは前者だけだとハヴェルは考えていました。武力を用いる「抵抗」は「古典的独裁」では有効だが、「静的で、安定している」ポスト全体主義では体制への攻撃とみなされるため、徹底的に弾圧されてしまうと説きます(皮肉なことに、「憲章七七」もまたそのような抵抗と見なされ、政府は「反憲章」キャンペーンを展開し、反憲章を唱える文書に多くの文化人が署名をしますが、署名者の大半は「憲章七七」の本文を読んだことがなかったとされています)。

 

さらに、「憲章七七」は、人々が自由に参加したりやめたりできる場であり、柔軟な複数性のシステムを採っています。憲章の文中には、この憲章は「様々な信条、様々な職業の人々による自由で、形を持たない、開かれた共同体」であり、「組織」も「規約」も「常設機関」もない、緩やかな場であることが謳(うた)われています。これは、共産党やほかの組織に見られる党派性から距離を置き、政治的意志の表明が自由であるばかりか、離脱も自由であるべきだという考えによるものです。

 

「憲章七七」には三名のスポークスマンがいますが、その三人は憲章の「代表者」ではなく、あくまでも「スポークスマン」、つまりほかの人々の声を代弁する立場の人物です。発表時の「憲章」には、パトチカ、ハーイェク、ハヴェルの三人の名が記されていますが、実はスポークスマンは毎年変わり、延べ四十人を超える人がスポークスマンになりました。多種多様な背景を持つ人たちが次々とスポークスマンになり、常に姿を変えていく「憲章」の性質を体現していたのです。

 

■『NHK100分de名著 ヴァーツラフ・ハヴェル 力なき者たちの力』より

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