教養

雪消ゆるがに——「消」を詠む


2020.02.19

『NHK短歌』の講座「時間を書きとめる」。2020年2月号の題は「消」です。「塔」選者の江戸 雪(えど・ゆき)さんが「消える」「消す」といった言葉を詠んだ歌を紹介します。

 

*  *  *

 

日々のなかで起こった事や心の底から溢れてきた感情。それらは記憶から薄れて消えていくこともあれば、いつまでも色濃く残る場合もあります。それには時間が深く関係しているのではないでしょうか。

 

消える、あるいは消す、とはどういうことなのでしょう。意味としては、火や電源を止めるということ、或(あ)る事がなくなるということ。たとえば出来事が収束した後、時間が経つことで癒えることもあれば、失ったり消えたりした何かを思いながら過ごしその存在を心に深く刻むこともあるのだと思います。

 

人ひとり音なく地上より消ゆとつたへてきたる冬の電信

永井陽子(ながい・ようこ)『てまり唄』

 

訃報が届きました。「電信」はモールス符号などに代表される符号の通信のことですが、広義には電気による通信全体を指すこともあるようです。この歌ではファクシミリ、あるいは電報でしょうか。冬の冷えた空気と、「ひとり」の死の知らせによって、心が氷をはったように張りつめていることが読み取れます。さらに、上の句の「音なく」がいっそう緊張感を高めます。臨終に立ち会った、あるいは死に顔を拝んだわけではない死はどこか遠く実感が湧きません。知らせを受けて心に灯っていた光がひとつふっと消えるような感覚。冬の日、たったひとりでその人を地上から見送っている横顔はどこまでも透き通っているのだろうと想像しました。

 

てのひらの雪消ゆるがに忘られてゆく福島の人のこゑごゑ

本田一弘(ほんだ・かずひろ)『あらがね』

 

東日本大震災における原発事故で大きな被害に遭った福島県。今になっても自宅に帰ることができない方々が多くいます。理不尽な扱いを訴える声。当時はさまざまな報道がなされ注目されていましたが、時間と共に「忘られてゆく」事を感じずにはいられないのでしょう。それは掌(てのひら)にたどりついた雪片があっという間に溶けて消えるようだと詠っています。東北の冬の寒さ、そして雪片が「消ゆる」ことの儚(はかな)さが、人の心の軽薄さへとつながり、そのことへの哀かなしさや悔しさが「福島の人のこゑごゑ」という結句に滲(にじ)んでいます。

 

■『NHK短歌』2020年2月号より

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