教養

『カラマーゾフの兄弟』の続編を空想する


2020.01.28

『カラマーゾフの兄弟』には「著者より」と題された序文で明かされている通り、続編として「第二の小説」が予告されていました。

 

「ここでひとつやっかいなのは、伝記はひとつなのに小説がふたつあるという点である。おまけに、肝心なのはふたつ目のほうときている」

 

では、その肝心な「ふたつ目」=「第二の小説」はどのような構想のもとにあったのでしょうか? ロシア文学者で名古屋外国語大学学長の亀山郁夫(かめやま・いくお)さんが語ります。

 

*  *  *

 

「第二の小説」とはどのようなものになるはずだったのか? 私が予想する続編の内容をお話ししましょう。これは、『カラマーゾフの兄弟』の序文や、同時代人の証言、ドストエフスキーが残した創作ノートやメモなどを手掛かりに、思いきり空想の翼をはばたかせて考えたものです。タイトルは『カラマーゾフの子どもたち』。

 

あらすじは次のようになります。

 

〜  〜  〜

 

アリョーシャはイリューシャの葬儀からまもなく町を出て、モスクワの大学で 教会史を学びます。卒業前に、かつて結婚を約束したこともあった少女リーザと 結婚(リーザは「第一の小説」にも登場する自虐的な少女で、あるときから彼の兄イワンを愛するようになっていた)。彼女は身重で、父親が誰かはアリョーシャに明かしませんでした。その後、アリョーシャは、教員生活を送るなかで異端派の一つである鞭身派に加わります。しかし、当局の規制によって組織は弱体化させられ、またリーザが産んだ子どもが亡くなり、その父親がイワンだと知らされます。二重の衝撃のなかで、彼はみずから新たなセクト「カラマーゾフ派」を開き、多くの信者を集めてゾシマ長老の教えの復活を図り、同時に彼の新しい世界観を宣べ伝えていきます。

 

一方、コーリャ・クラソートキンは革命結社を組織していました。メンバーは、異端の祖として人望を集めるアリョーシャを結社の長に迎えようと協議します。アリョーシャは、訪ねてきたコーリャと、テロルか融和かをめぐって議論を戦わせます。そしてその終わりに、アリョーシャはコーリャに無言のキスを与えるのです。

 

アジトに戻ったコーリャは、同志たちと作戦実行を開始し、ノヴゴロドの近郊で皇帝暗殺のために鉄道のレールに爆薬を仕掛けますが、失敗に終わります。コーリャはその後、スコトプリゴニエフスクに潜伏し、皇帝暗殺のための次の手段を画策しますが、同志の一人の密告により逮捕されます。

 

裁判が行われ、コーリャとその同志たち全員に対して死刑判決が下されます。しかし処刑直前、アレクサンドル二世による恩赦が伝えられ、全員が減刑となります。歴史上初めて皇帝暗殺者(未遂)に対して下された恩赦でした。コーリャは、新たに二十年の刑により、シベリアへと送られていきます。

 

〜  〜  〜

 

駆け足の説明になりましたが、ポイントは二つあります。一つは、皇帝暗殺の 実行犯はアリョーシャではないということ。研究者のなかには、同時代人の回想を手掛かりにそのような説を採る人が少なくありません。しかし「著者より」 を虚心に読めば、そのような結論は出てきようがないのです。「わたしの主人公、 アレクセイ・カラマーゾフ」は「けっして偉大な人物ではない」「どういった人 たちにどんなことで知られているのか?」とあるからです。かりにアリョーシャが皇帝暗殺犯となるとしたら、歴史に名をとどめないはずがありません。

 

二つ目は、自伝層(本書参照)との関わりで、首謀者コーリャに破格の恩赦が下されるということです。コーリャの年齢は、「第一の小説」のなかでは14歳。その13年後ということは、「第二の小説」で彼はすでに27歳を迎えています。これは、ドストエフスキーがペトラシェフスキー事件に関わった年齢に限りなく近い。ここでコーリャは、ユートピア社会主義者だったドストエフスキー自身に重ねられることになります。ちなみに、アリョーシャは20歳+13年で33歳。これはイエス・キリストの没年と同じ年齢です(「第一の小説」で大審問官にキスをしたのが、キリストだったことを思い出してください)。イエス・キリストがその年齢で磔(はりつけ)になったことを考えると、アリョーシャもおそらく不幸な運命を免れないと思います。『カラマーゾフの兄弟』の冒頭に掲げられたエピグラフ「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」(ヨハネの福音書、十二章二十四節)がそのことを暗示しています。では、どのようなかたちで死を迎えるのか? これも空想に過ぎないのですが、彼は、何らかの犠牲となってこの世を去ることはまちがいないでしょう。

 

いずれにせよ、コーリャの恩赦によって帝政権力と革命勢力との和解の第一歩が実現するのです。これこそが、ドストエフスキーが目指したこの小説のゴール にして、スタート地点だったと私は考えています。両者の和解にとって最大の障害となるのが、それぞれの側の驕りです。ゾシマ長老の教えは、永遠です。ドストエフスキーは、最晩年に行った演説で次のように叫んでいました。「驕りを捨てなさい、傲慢な人たち、なによりもその傲慢さを捨てることです」。

 

ドストエフスキーのこうした曖昧な政治的立場をいまひとつわかりにくいと感じる向きもあるかもしれません。本音はどちらにあったのか、と。いや、ドストエフスキーに本音はありませんでした。彼は根本から引き裂かれた人間だったからです。最終的に彼が絶対的な価値を置いたのは、すべての人間の生命の不滅性ということです。逆に言うと、帝政権力にも革命家たちにも受け入れられる合意点は、そこにしかなかったと思います。生命を愛さないという立場からは何も生まれません。思うに、『カラマーゾフの兄弟』のなかで、生の全体性をもっとも原初的なかたちで象徴していたのが、「カラマーゾフの下劣な力」の象徴である父フョードルでした。では、そのフョードルが殺されるということのうちに、ドストエフスキーは、はたしてどのような未来を予見していたのでしょうか。

 

『カラマーゾフの兄弟』は、書かれることなく終わった「第二の小説」の存在によって永遠の謎をはらむことになりました。私たちドストエフスキーを愛する読者は、ことによると、書かれなかったというその事実そのものにも感謝しなければならないのかもしれません。

 

■『NHK100分de名著 カラマーゾフの兄弟』より

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