教養

人間にとって戦争とは何か


2019.09.07

フランスの人類学者・社会学者であるロジェ・カイヨワ。第一次世界大戦の直前に生まれ、名門リセのルイ・ル・グラン校から超エリート校であるエコール・ノルマル・シュペリウールへ進んだ秀才は、いかにして『戦争論』を書くに至ったのでしょうか。哲学者の西谷修(にしたに・おさむ)さんが解説します。

 

*  *  *

 

『戦争論』は、第二次世界大戦の直後に書き始められました。まずこの本の第2部にあたる「戦争の眩暈(めまい)」が1951年に発表され、それから第1部となる「戦争と国家の発達」が書き継がれて、約10年の月日をかけてまとめられ、1963年に刊行されました。その年、カイヨワはこの本により、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の国際平和文学賞を受賞しています。

 

第二次世界大戦は、破滅的な「世界戦争」で、文字通り世界が一つの戦争に吞み込まれました。各国が戦争に持てる最大の力や物資や人員をつぎ込んで、破壊と殺戮(さつりく)の規模は際限なく広がりました。ついには原子爆弾という殲滅(せんめつ)兵器までが開発され、使用されます。兵員も市民も含めて、全世界でおよそ五千万人が亡くなり、アメリカ以外では多くの都市が破壊されました。この二度目の世界戦争終結後には、第一次世界大戦のときにすでに語られていた「文明の没落」が、ついに実現してしまったのではないか、というムードが漂いました。未来の崩壊と引きかえにやっと終わったかのような戦争、それがどうして起こったのか、「文明」を目指していったい人間はこれまで何をやってきたのか、それが深刻に問われたのです。

 

それと同時に、もう一度この世界に新しい秩序をつくっていこうという、国家を超えた政治の動きも始まります。国際連合(国連)という組織ができ、二度と大きな戦争を引き起こさないための国家間の仕組みをつくろうとします。ただし戦争は先進国だけでなく後発の途上国からも起こるから、それを防ぐためにそれぞれの国の社会も豊かにしていかなければならない。そのためにはまず教育が必要だということで、世界の国々の教育を振興し文化を豊かにする目的で、ユネスコという国連の機関もつくられます。

 

カイヨワは、もともと20世紀初頭におこったシュルレアリスム(超現実主義)の芸術運動から出発して、「遊び」や「祭り」といった、それまで人間に役立つとは思われていなかった、むしろ無駄だとさえ思われていたことの重要さに注目し、そこを立脚点としてさまざまな考察を続けた人です。第二次世界大戦中、カイヨワは南米のアルゼンチンにいました。大西洋の反対側からヨーロッパの戦禍を見ていたのです。そして戦後の48年から、世界の平和づくりの拠点として発足したばかりのユネスコに勤めます。そこで思索を重ねながら、ユネスコの教育・文化振興にそれまでとは違う新しい考えを注入していこうとしたのでしょう。

 

というのも、「戦争の終わり」は純然たる平和の回復になったのではなく、その「平和」は破滅の核戦争の予兆に曇った、「棚上げされた平和」だったからです。あるいは、恐怖で「凍結された戦争」だったのかもしれません。「戦後」はすぐに「冷戦」の状況に入ります。人間は懲りずにまた戦争をする姿勢を崩さない。これはほとんど人間の性(さが)なのではないか。カイヨワは、一般的な政治的考察や歴史的考察ではなく、人間とその社会の本質に、どうしようもない「戦争への傾き」があると考え、それを見つめて、人類の行方を考えようとしました。

 

戦争を全般的に考察し、それについて論じる本は、クラウゼヴィッツの『戦争論』(1832〜34)という古典をはじめとして、西洋近代以降、つまりフランス革命以降の近代国家体制が成立してから、折あるごとに書かれるようになりました。それらは国家間戦争という枠組みを前提にして、戦争をする国家や軍人の立場から、技術的にいかにそれを成功させるか、またなぜ失敗したか、あるいは政治的にいかに回避するか、といった議論が一般的でした。ところがカイヨワは、それとは違った形で、「人間にとって戦争とは何か」という問題に真正面から取り組みました。なぜなら、20世紀の戦争は「世界戦争」であり、あらゆる人びとの生存を巻き込む人類的な体験だったからです。もはや戦争は単に国家の問題でもなく、また軍人や政治家だけの問題でもなく、われわれ万人にとっての、あるいは人類にとっての問題だと考えたのです。

 

ですからカイヨワは、軍事的な戦略や国家の政策の善し悪し、あるいは人間の善悪の問題としてではなく、人類学者・社会学者の視点から戦争を考えました。集団としての人間の「あり方の問題」として、人間とはこういうものなのだと、いったん受け止める。そして戦争を、総じて人間の文明そのものと不可分の事象として扱います。そのようにして書かれた本が『戦争論』なのです。

 

■『NHK100分de名著 ロジェ・カイヨワ 戦争論』より

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