教養

生きづらい今にこそ読むべき『自省録』


2019.04.23

人生の岐路に立った時、あるいは対人関係に悩んだり、生きづらさを感じたりした時に、皆さんはどんな本を手に取るでしょうか。哲学者の岸見一郎(きしみ・いちろう)さんは、その一冊に『自省録』を是非加えていただきたいと言います。

 

*  *  *

 

書かれたのは、今から二千年近く前。著者は第16代ローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス(以下、アウレリウスと略記)です。彼は絶頂期のローマ帝国を治めた名君の一人で、約二百年続いた繁栄と平和に陰りが見え始めた時期の難しい舵取りを担った賢帝です。

 

名門家庭に生まれたアウレリウスは、その資質と見識を見込まれ、わずか18歳で帝位継承者に指名されました。大抜擢に応えて公務に献身し、39歳で帝位を継承すると自ら軍を率いて国防の前線に赴きます。戦いに明け暮れる中、野営のテントで蠟燭(ろうそく)の灯りを頼りに、あるいは宮廷の自室で書き留めていたのが『自省録』です。

 

本書は戦況や政局の困難を吐露した日記でも、自らの武勇や帝王学を論じたものでもありません。皇帝が書いたものだと聞けば、偉い人が高いところから教訓を垂れているのではないかと思って敬遠する人もいるかもしれませんが、そういう本ではありません。前後の脈絡なく、自分の思いを絞り出すように、ひたすら自分の内面を見つめ、戒め、己を律する言葉が綴られた手記、個人的なノートです。

 

アウレリウスは、皇帝の地位も、宮廷での華やかな暮らしも望んではいませんでした。彼の心が求めていたのは、少年時代から深く傾倒していた哲学でした。皇位に就き、学問として哲学を探求する道は絶たれてしまいましたが、多忙な公務の合間を縫って内省し、哲学の示すところを実践するよう自分に言い聞かせていたのです。

 

十二巻から成る『自省録』は、そうした折節の思索や自戒の言葉を書き留めた覚え書きです。誰かに読まれること、あるいは読ませることを前提として書かれたものではありません。彼はローマ人ですが、本書はアウレリウスの母語のラテン語ではなく、ギリシア語で書かれています。テーマが整理されているわけでもなく、書きかけのような文章や、本からの引用、論理に飛躍がある文章もあります。それにもかかわらず、脈々と伝承されてきたのは、その真摯な言葉が多くの人の心を打ったからにほかなりません。

 

アウレリウスの言葉が私たちの心に響く理由の一つは、等身大の自分を重ねて読むことができるところにあるように思います。

 

もうお前は死んでしまうだろう。それなのに、心には表裏があり、平静でいることもできていない。外から害されるのではないかという疑いは去らず、すべての人に対して親切にもなれない。思慮あることは正しい行いをすることであるとも考えていない。

(四・三七)

 

お前がこんな目に遭うのは当然だ。今日善くなるよりも、明日善くなろうとしているからだ。

(八・二二)

 

「こんな目に遭う」というのが何を指しているかはわかりませんが、いつ何時人生が終わるかわからないのに、この先もずっと生きるかのように、よくなろうとする決断を先延ばしにしている人には耳が痛いことでしょう。彼は自分が立派な人間だとは考えていませんでした。自分が不完全であることを自覚し、迷いも弱さも正直に披瀝(ひれき)しています。それを強い言葉で戒めつつ、人としてどうあるべきかという指針や理想を示してくれています。そうした理想を、不完全ながらも体現し、善き人になろうと煩悶、苦闘する過程を、アウレリウスは身をもって私たちに見せてくれているのです。

 

※続きはテキストをご覧ください。

※文中で引用する『自省録』の言葉は岸見一郎さんによる訳です。

 

■『NHK100分de名著 マルクス・アウレリウス 自省録』より

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