教養

マシュウの変化に見る深いヒューマニズム


2018.10.29

自分を引き取ってくれるはずだったマシュウとマリラのクスバート兄妹が、本来望んでいたのは男の子だった……。11歳の少女・アンは、「マシュウ、それだれなの?」というマリラの問いで自分が“招かれざる客”であることを知り、激しく泣きじゃくります。そんなアンを見て、優柔不断でただびくびくと困惑するだけだったマシュウの心に変化が訪れます。脳科学者・作家・ブロードキャスターの茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)さんは、ここに全編を通しての重要かつ感動的な転換がある、と指摘します。

 

*  *  *

 

出された食事にもろくに手をつけないまま、アンは急遽用意された二階の切妻の部屋で泣きながら眠ります。マリラは、おおごとになってしまった事態に腹を立てながら「あの子を孤児院へかえさなくちゃならないからね」と言いますが、これに対し、マシュウが「あんなに、ここにいたがるものを送りかえすのは、因業(いんごう)というものじゃないか」と言います。この場面は非常におもしろいところです。

 

グリン・ゲイブルスを実質的に仕切っているのはマリラで、マシュウも、アンを引き取って一緒に暮らそうと思って彼女を連れ帰ってきたわけではありません。しかし、マシュウのなかに変化が起こった。彼は、アンを孤児院に送り返すことに対して、「自分が何かを殺す手伝いでもするようないやな気持(略)罪のない小さな生きものを殺さなくてはならないときとおなじ心持」になっていたのです。

「マシュウ、まさか、あんたは、あの子をひきとらなくちゃならないと言うんじゃ、ないでしょうね」

たとえマシュウが、さか立ちしたいと言いだしたとしても、マリラはこんなに驚(おどろ)きはしなかったであろう。

「そうさな、いや、そんなわけでもないが── 」問いつめられて困ってしまったマシュウは口ごもった。「わしは思うに── わしらには、あの子を、置いとけまいな」

「置いとけませんね。あの子がわたしらに、何の役にたつというんです?」

「わしらのほうであの子になにか役にたつかもしれんよ」突然マシュウは思いがけないことを言いだした。

『赤毛のアン』(新潮文庫/村岡花子訳)より

 

ここに、『赤毛のアン』全編を通しての重要かつ感動的な転換があります。マシュウとマリラは、自分たちの役に立つように、男の子を引き取ろうとした。ところが、マシュウの発想が転換して、自分たちがアンの役に立つことができるのではないか、と思うようになる。これは非常に深いヒューマニズムだと思います。マシュウは、アンと出会うことによって、確かに人間として成長しているのです。

 

■『NHK100分de名著 モンゴメリ 赤毛のアン』より

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