教養

初めての記憶は「母の死」——ルーシー・モンゴメリの生い立ち


2018.10.27

全世界でベストセラーとなった『赤毛のアン』の作者ルーシー・モンゴメリは、物語の舞台と同じプリンス・エドワード島で生まれ育ちました。『赤毛のアン』の熱心な読者を自認する脳科学者・作家・ブロードキャスターの茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)さんが、彼女の生い立ちを紹介します。

 

*  *  *

 

『赤毛のアン』に繰り返し出てくる表現に、「想像の余地」(scope for imagination)があります。アインシュタインも 「Imagination is more important than knowledge」(知識より想像力のほうがはるかに重要である)と言っていますが、人間の脳にとっては、限られたものからいかに多くのことが想像できるかが非常に重要です。

 

脳は、環境からの情報を単に受動的に受け止めるのではありません。それを積極的に解釈し、補い、また新たな創造をすることで、環境に適応し、さらにはつくり変えてきました。このような脳の働きの中心にあるのが「想像力」なのです。

 

アンは環境に恵まれない子どもとして登場し、想像力という武器を用いて自分を取り巻く世界と対峙していくわけですが、実は、これはほとんど作者であるルーシー・モード・モンゴメリその人のことなのです。まずは、モンゴメリの生い立ちを見ていきましょう。

 

『赤毛のアン』の作者モンゴメリは、1874年11月30日にプリンス・エドワード島の小さな村クリフトン(現在のニュー・ロンドン)で生まれました。プリンス・エドワード島はカナダの大西洋側、セント・ローレンス湾に浮かぶ小さな島で、島ひとつでプリンス・エドワード・アイランド州という自治体となっています。今では世界中の『赤毛のアン』ファンの憧れの地、日本からもたくさんの観光客が訪れる有名な島ですが、当時はその美しさを地元の人だけが知る、農業の盛んな田舎にすぎませんでした。

 

モンゴメリが1歳9か月の時に、母親は結核を患って23歳の若さで亡くなります。幼いモンゴメリには、つらく悲しいことであったに違いありません。のちに自伝『険しい道(The Alpine Path )』に「お棺の中に眠る母の姿を、わたしはいまもはっきり覚えています。わたしにとって記憶らしい初めての記憶、それが母の死であったのです」と書き、「わたしは悲しみを感じませんでした。『死』が何を意味するのか、わたしにはわからなかったからです。『困ったな』とわたしはぼんやり感じるだけでした。どうしてお母さんは、こんなにじっとしているのだろう? お父さんはなぜ泣いているのだろう?」(『険しい道』山口昌子訳、篠崎書林、1979)と回想しています。

 

泣いていた父親は商人で、幼い娘をモンゴメリの母方の両親マクニール家に預けて、カナダ中部のサスカチュワン州に渡ってしまいます。モンゴメリが母の不在を実感したのは、マクニール家に引き取られてしばらく経ってからのことだったかもしれません。マクニール家はキャベンディッシュという村で農業を営みながら、郵便局も経営する一家で、その先祖は島に最も早い時期に入植したスコットランド人の一人であるという歴史を持つ家柄でした。ちなみに父方の祖父はカナダの上院議員を務める人物でしたので、どちらの家も、暮らしぶりに不自由のあるような境遇ではなかったでしょう。モンゴメリの幼い頃の写真も良家のお嬢さま風に見えます。

 

詩人だった大叔父や物語りの上手な大叔母たちから、芸術や文学に関する薫陶を受けて、生来の才能に磨きをかけていったのだと思います。それでも、保守的で頑固な祖父母から強いられる行儀作法や、きびしい躾(しつけ)には辟易(へきえき)していたようです。

 

1890年の夏、15歳のモンゴメリは、サスカチュワン州に住む父親の元に滞在します。モンゴメリの創作熱はこの頃に著しく亢進して、詩や散文を新聞社と雑誌社に頻繁に送るようになります。そしてときおり誌面に載っては有頂天になり、原稿が送り返されてきては「ほおをぴしゃりとぶたれたように」(『険しい道』)後ずさりしつつも、「けっしてあきらめるな!」(同前)と何度も心に誓うのです。しかし、この家には実は父の再婚相手がおり、子守や家事を押し付けられるなどして勉学の妨げとなったため、モンゴメリは一年でキャベンディッシュに戻ります。

 

地元での中等教育を終えたモンゴメリは、州都シャーロットタウンのプリンス・オブ・ウェールズ・カレッジ(現在はプリンス・エドワード島大学へ統合)へ進学して教員資格を取得すると一年間の教職につき、さらにノヴァ・スコシヤ州ハリファックスのダルハウジー大学で文学を一年学んだあと、ふたたび島に戻ってあちこちの学校で教鞭を執ります。

 

1898年に祖父が亡くなると、20代半ばのモンゴメリは教職をあきらめて、祖母と暮らすためにキャベンディッシュに戻ってきます。郵便局の仕事を引き継ぎ、未亡人となってさらに気難しさの増した祖母の相手をしながらも、あいかわらず原稿を書いては投稿するという日々を続けていきました。

 

『赤毛のアン』はモンゴメリが書いた初の長編小説です。出版までには紆余曲折ありましたが、アメリカの出版界からはたいへんな驚きをもって好意的に迎えられました。すぐれた文学がカナダの片田舎のちっぽけな島から出てくるとは、誰も想像していなかったからです。

 

■『NHK100分de名著 モンゴメリ 赤毛のアン』より

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