教養

漱石にはまった若き日の姜尚中


2013.05.01

聖学院大学教授の姜尚中氏は、高校生のときに軽いうつ病にかかったという。

 

スポーツが大好きな明るい少年が、部屋に引きこもるようになったとき、漱石の『こころ』と出会う。姜氏が漱石に「はまった」背景を、姜氏本人が語った。

 

*  *  *

 

わたしは高校生のときに軽いうつ病にかかり、引きこもりになったことがあります。十七歳でした。中学校時代までは野球が大好きな明るい少年だったのに、それ以降、人が変わったように内向的で引っ込み思案な性格になりました。

 

いわゆる思春期だったのだと思います。それと同時に自分が在日であることを強烈に意識し、不条理を感じ、社会の中で自分がどのように見られているかが気になって仕方がなくなりました。自分の行動のいちいちを意識するようになり、身動きもならぬ状態になりました。やや吃音(きつおん)になり、そして不登校にもなりました。わたしはわたしの殻に閉じこもり、しかし、外の世界のことは気になるので、殻の内側から覗き穴でこっそりと盗視(とうし)しているような、そんな青春時代を送ることとなったのです。

 

「危険な十七歳」という言い方がありますが、当時のわたしはまさにそれでした。あのころのことを思い出すと、いまでもけっこう忸怩(じくじ)たるものがあります。もちろん、同時に懇(ねんご)ろに労(いたわ)りたいような、とても懐かしい時代でもありますが。

 

部屋に引きこもったわたしは、やたらに本を読むようになりました。さいわいなことに、両親が廃品回収の仕事のかたわら、古本の文学全集などをたくさん集めてくれていたので、気になったものを手当たり次第に読んでいきました。その中に、漱石の『こころ』があったのです。

 

その本が醸し出すイメージは、わたしが知っている漱石とはまったく異なるものでした。それまでに読んだことがあったのは、子供にもとっつきのよい『坊っちゃん』や、『吾輩は猫である』(の愉快なところだけ)、あるいは『三四郎』くらいだったので、わたしは漱石というのは、江戸っ子の噺家(はなしか)のように軽妙洒脱(けいみょうしゃだつ)な作家だと思い込んでいたのです。しかし、『こころ』の中に見たのはおよそテイストの違う、憂鬱で翳(かげ)った感じでした。しかし、半病人のような状態にあったわたしの心には、そちらのほうがむしろぴったりきました。大人の入り口にさしかかっていたわたしは、それまでとは違う「本当の漱石の世界」に出会い直し、いま風の言葉で言えばはまったのです。

 

■『NHK100分 de 名著』2013年4月号より

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