教養

『薔薇の名前』は知の迷宮


2018.09.28

美学者、記号学者、哲学者、小説家——様々な顔をもつウンベルト・エーコ。1980年、48歳にして発表した最初の小説『薔薇の名前』は世界中で大ベストセラーとなりました。イタリア文学研究者で東京外国語大学名誉教授の和田忠彦(わだ・ただひこ)さんに、エーコの略歴と、『薔薇の名前』がどのような特徴を持った小説であるのかを教えていただきました。

 

*  *  *

 

『薔薇の名前』の著者ウンベルト・エーコは、1932年に生まれ、2016年に亡くなりました。今年で没後二年になるわけですが、エーコを追悼する催しはまだ世界のどこでもほとんど行われていません。かれが長年教鞭を執ったボローニャ大学のお弟子さんたちは、すぐに追悼イベントをやろうと集まったのですが、集まったその日にエーコの「自分の死後十年間は、自分を顕彰するようなイベントはいっさい差し控えるように」という遺言が届けられたからです(ちなみに、何事にも“抜け駆け”はあるわけで、ボローニャ市長だけはいち早く、元証券取引所を利用した市民図書館の入り口の小部屋を「ウンベルト・エーコ小広場」と名付け、エーコの死後ひと月余りにお披露目をしてしまったという例外はあります)。

 

ウンベルト・エーコは北イタリアのピエモンテ地方南部にあるアレッサンドリアという町で生まれました。大学からトリノに移って哲学を学び、学者になるかと思いきや、イタリアの公共放送局であるイタリア放送協会に就職します。主にテレビの文化番組の制作に携わったエーコは、その過程で、のちにかれの最大のテーマとなる「記号」というものに興味を持つきっかけとなるさまざまな体験を積んでいきます。

 

エーコは放送局員から次第に書籍編集の仕事に比重を移し、1971年からはボローニャ大学で記号論を教えるようになります。1975年、記号論の体系的な理論書、いわゆる『一般記号論』(邦題は『記号論』として刊行)を発表。この本はすぐに英語にも翻訳され、エーコは世界の記号論界の中心人物のひとりとして注目されるようになります。

 

わたしとエーコとの接点は、1970年代に遡ります。わたしがボローニャ大学に留学した1977年当時、エーコはそこで記号論を教えていました。わたしは『開かれた作品』(1962年)というエーコの著書を以前から読んでいて、とても刺激的な本だという認識はあったのですが、自分自身の主たる関心が詩にあって文哲学部に所属し、ファシズムについての研究もはじめていたので、芸術学系の学部で教えていたエーコとは、残念ながら会う機会はありませんでした。

 

帰国後しばらくして、わたしは京都大学の助手仲間と一緒に『開かれた作品』を訳すことになりました。訳稿がほぼ出来上がったころ、イタリア中部の都市ウルビーノで毎夏開かれていた記号論セミナーに参加したのですが、講師のなかにエーコの大親友で、イタリアの記号論のもうひとりの雄であるパオロ・ファブリがいました。おそらくファブリがエーコに電話をしてくれたのでしょう。「『開かれた作品』を訳している日本人がセミナーに来ている」と聞き、フットワークの軽いエーコは、自分の別荘から一時間ほど車を飛ばしてウルビーノに来てくれたのです。それがわたしとエーコとの最初の出会いでした。その後交流が深まり、ミラノにある自宅を訪ねたり、特に90年代から20年余りは各地のシンポジウムに呼ばれたり、かれの創設したボローニャ大学の研究所で客員研究員をつづけるなど、かなり頻繁に行き来がありました。わたしより20歳上のエーコは、ちょうど親戚のおじさんのようで、愛着と恩義を感じています。

 

さて、すでに世界的な記号学者であったエーコが1980年、48歳でいきなり小説家デビューを果たします。その作品が、今回取り上げる『薔薇の名前』です。物語の骨格としては、これは十四世紀北イタリアのベネディクト会修道院を舞台にした歴史推理小説、ということになるでしょうか。86年に映画化され、90年には邦訳が出て日本でも大きな話題を呼び、いまだに版を重ねるロングセラーになっています。世界での発行部数はエーコが亡くなった時点で5,500万部。これだけの部数が出ているということ自体、この作品の衝撃の大きさを物語っていると言えるでしょう。

 

「物語の骨格として」という、若干持ってまわった言い方をした理由は、この小説にはその枠にとどまらない仕掛けが全編にわたり張りめぐらされているからです。

 

例えば小説の冒頭。「手稿である、当然ながら」という言葉につづいて、「1968年8月16日」という日付が出てきます。「あれ?」と思いますよね。中世が舞台の小説のはずなのに、いきなり現代からはじまっている。つづく部分を読んでみると、この小説は、この日に一冊の書物を手に入れた人物によって書き起こされているという設定であることがわかります。しかもそれは、19世紀に翻訳出版されたものだと断りがある。翻訳であるということは、誤訳や遺漏、意図的な省略や要約などもあるかもしれない。そうした翻訳にまつわる改変の可能性がすべて提起されたところから、ようやく物語のプロローグがはじまっているのです。

 

以上のように冒頭だけを例にとってもこの小説にはかなり手の込んだ枠組み、というか仕掛けが設定されていることがわかるわけですが、一方で、これが世界的ベストセラーになったことからも明らかなように、この『薔薇の名前』はどんな読者であっても楽しむことができる作品でもあります。

 

エーコは62年の『開かれた作品』のなかで、読者を大きく「経験的読者」と「モデル読者」という二つのカテゴリーに分類しています。本文中でも触れることになりますが、経験的読者とは、「この小説はおもしろいな」「悲しいな」など素直に反応しながら物語を読み進める読者のこと。モデル読者とは、この小説に作者はどんな戦略を盛り込んでいるのか、またその戦略にはどんな意図があるのか、といったことにまで思いをめぐらせる読者のことです。簡単に言えば、自分の感情のままに読む読者と、小難しく小説を読んでしまう読者、とも言えるかもしれません。そして『薔薇の名前』は、このどちらのタイプの読者にも「開かれて」いる作品なのです。

 

今回は、この小説の“ミステリー”としてのおもしろさを踏まえつつ、エーコがなぜさまざまな仕掛けを張りめぐらせたうえで『薔薇の名前』を読者に届けようとしたのか、そのことに着目しながら読んでいきたいと思います。エーコがとった戦略については、『薔薇の名前』出版後に本人がさまざまな場で解説もしていますので、折に触れその内容も紹介することにしましょう。

 

それではみなさん、いざ、知の迷宮へ!

 

■『NHK100分de名著 ウンベルト・エーコ 薔薇の名前』より

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