教養

ラッセルの『幸福論』に学ぶ究極のポジティブシンキング


2017.11.26

数学者、論理学者として出発し、哲学者、教育者、政治活動家でもあったバートランド・ラッセルは58歳で『幸福論』を出版しました。山口大学国際総合科学部准教授の小川仁志(おがわ・ひとし)さんは、ラッセルの『幸福論』の特徴は「究極のポジティブシンキング」にあると指摘します。

 

*  *  *

 

『幸福論』の原題は、“The Conquest of Happiness”です。私はこの「Conquest」という語がかなり重要な意味を持つと思っています。これは「征服」とか「克服」、あるいは「獲得」と訳される語で、ここでは「獲得」という日本語が最も適切であるように思います。というのも、ラッセルはこんな比喩を使っているからです。

 

幸福は、きわめてまれな場合を除いて、幸運な事情が働いただけで、熟した果実のようにぽとりと口の中に落ちてくるようなものではない。だからこそ、私は本書を「幸福の獲得」と呼んだのだ。

(第十六章 努力とあきらめ)

 

果実が落ちてくるのを待つだけでは幸福にはなれない。かといって、誰かを征服したり、問題を克服したりすることによって幸福になるというのでもない。むしろ、何か新しいものを発見し、それを獲得するというプラスのイメージを感じるのです。

 

実際、ラッセルは自分が幸福になれた理由として、次の三点を挙げています。

 

①「自分がいちばん望んでいるものが何であるかを発見して、徐々にこれらのものを数多く獲得したこと」。②「望んでいるもののいくつかを、本質的に獲得不可能なものとして上手に捨ててしまったこと」。③「自分の欠点に無関心になることを学」び、「だんだん注意を外界の事物に集中するようになった」こと。

 

私は、これこそが究極のポジティブシンキングだと思います。ポジティブシンキングとは何かというと、自分の思考を変えることで、状況自体を変えていける、とする考え方です。よく似た言葉に楽観主義がありますが、少しニュアンスが違います。楽観主義は、「とにかく何とかなるさ」と考えるところがポイントです。

 

ある一定のところで、あとは運を天に任せるしかないと考えるのが楽観主義の本質です。アランの『幸福論』は、楽観主義に立っているといわれます。

 

三大幸福論のもう一人、ヒルティの著作にも、ある意味で楽観主義的側面を垣間見ることができます。ヒルティはキリスト教を信仰しており、そうした立場から幸福を説いたのですが、それは運を天に任せることにほかならないからです。

 

これに対し、ラッセルのポジティブシンキングは、あくまで「自分で変えられる」ということを重視します。これは、言い換えれば理性主義、あるいは理性万能主義です。ラッセルは、自分の運命を握っている神のような抽象的な存在は想定せず、あくまでも自分の力で人生を切り拓いていこう、幸福を獲得していこうと提案しているのです。以下、そんなラッセルの幸福論の特徴を概観してみたいと思います。

 

新しい尻尾の生やし方を教えよう

 

ラッセルが『幸福論』の中で示すポジティブシンキングの例をひとつご紹介しましょう。『イソップ寓話』の中に、罠にかかって尻尾(しっぽ)を失ったキツネが、自分だけ尻尾がなくて笑われるのは嫌なので、ほかのキツネたちに、尻尾は重いからみんなも切り落とそうと説得したが失敗する、という話があります。この話を念頭に、ラッセルは次のように述べています。

 

不幸な人たちは、不眠症の人たちと同様に、いつもそのことを自慢にしている。もしかすると、彼らの自慢は、尻尾を失ったキツネの自慢に似ているかもしれない。もしそうなら、それを治すには、新しい尻尾の生やし方を彼らに示してやることだ。

(第一章 何が人びとを不幸にするのか)

 

この表現はなかなか印象的です。尻尾がなくなったらそれを受け入れて生きていこうという精神論を説くのではなく、次なる尻尾の生やし方を教えようというのですから。そしてラッセルは、まさにキツネに新しい尻尾の生やし方を教えるかのように、幸福になるための具体的な行動の起こし方を、『幸福論』の中で教えてくれています。

 

たとえば、フットボールや読書などさまざまなことに興味を持つこと。しかも、できればフットボール観戦より読書の方がいいといいます。なぜなら、フットボールの試合は一日何回もあるものではありませんが、読書ならその気になればいくらでもできます。つまり、読書の方が自分の努力によって幸せになれる機会が多い、とラッセルは考えるのです。非常に具体的で実践的です。

 

また、切手収集などの趣味に熱中することを説くところでは、自らもそれを実践して幸せを感じているという部分に説得力があります。ラッセルの場合は、なんと「川を収集している」といいます。揚子江(長江)やヴォルガ川など、世界のさまざまな川を下ったり、さかのぼったりすることに喜びを感じるというのです。いわば川の上り下りという経験をコレクションしているわけですが、それを「川を収集」と表現するところがおもしろいですね。

 

このように、自らの行動によって能動的に幸福を獲得していこうというラッセル。そのため、彼は『幸福論』を二部に分け、第一部で不幸の原因分析とその解決策を提示し、第二部で幸福の条件を提案するという形で議論を展開しています。

 

このように、『幸福論』はエッセーとはいえ、きわめて論理的な構成になっています。だからすっと読めるのです。

 

■『NHK100分de名著 ラッセル 幸福論』より

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