教養

文壇におけるオースティンの評価


2017.08.07

今もなお、イギリスで最も親しまれている作家の1人であるジェイン・オースティン。彼女の小説は、同業者からどのような評価をされていたのでしょうか。京都大学大学院教授の廣野由美子(ひろの・ゆみこ)さんにお話を聞きました。

 

*  *  *

 

オースティンが生まれた18世紀のイギリスでは、ジョン・ロックに始まる科学的経験主義の影響により、知覚をとおして世界を理解するうえで、自分の外側で起きたことの経験を詳細に説明することが重視されました。にもかかわらず、オースティンの小説世界では、そうした外的経験のディテールが大幅に省略されています。小説世界のこの制限性ゆえに、初期の批評家のなかには、オースティンを「女々(めめ)しい家庭的な世界に自らを閉ざそうとする小規模な作家」として軽視する向きもありました。彼女の小説は、ときに「茶の間小説(romance of the tea table)」と蔑称されることもあったようです。

 

しかし、こうした独特の制限性は、オースティン自身の確固たる芸術理念に支えられたものであり、まさにそれゆえに彼女は高く評価されてきたのです。この「制限性」、つまり「狭さ」をよしとするか否かによって、オースティンは、好き嫌いがはっきりと分かれる作家でもあります。

 

それぞれの代表者を、何人か挙げてみましょう。まず、オースティン嫌いの代表は、シャーロット・ブロンテ、マーク・トウェイン、D・H・ロレンスなど。

 

オースティン好きの代表は、同国人ではウォルター・スコット、日本では夏目漱石などが挙げられます。

 

たとえば、19世紀の女性作家シャーロット・ブロンテは、自国の先輩作家についてどう言っているでしょうか。ブロンテは『高慢と偏見』を、「ありふれた顔を正確に銀板写真でとった肖像画。注意深く柵をめぐらし、きちんとした花壇に花々が植えらえた、手入れの行き届いた庭」と評し、「ミス・オースティンは〈情緒〉も詩もなく、分別があって現実的なのかもしれませんが、偉大ではありません」と述べています。オースティンの世界が「制限された」整然とした世界で、そこには自然の詩的世界がないとして批判したのです。

 

アメリカの男性作家マーク・トウェインは、より厳しい発言をしています。「『高慢と偏見』を読むたびに、オースティンの墓を掘り返して、彼女の脛骨(けいこつ)で頭蓋骨を叩いてやりたくなる」。このむき出しの敵意は、相当なものです。女ばかりの狭いオースティンの世界に対して、生理的とも言える拒否感を示しているかのようです(ちなみに、『高慢と偏見』には男性同士のみの会話がひとつもありません。これも「知っていることしか書かない」というオースティンの姿勢の表れでしょう)。イギリスの男性作家ロレンスも、オースティンは「偏狭な俗物で悪い意味で英国的」だと、負けず劣らず辛辣です。

 

一方、オースティンと同時代の文壇の大御所ウォルター・スコットは、オースティンの死の11年後に次のような讃辞を送っています。

 

これで少なくとも三度目になるが、私はミス・オースティンのすばらしい小説『高慢と偏見』を再読した。この若い女性には、平凡な生活における人間関係や感情、性格を描く才能があり、それは私がこれまでに出会ったことのあるなかで、最高のものだった。大袈裟な書き方なら、最近の流行と同様に私にもできるが、平凡なありふれた出来事や人物を、真に迫った描写や感情表現によって面白く書く絶妙の筆致は、私にはとても及びそうもない。これほどの才能の持ち主が、こんなに早く亡くなってしまったとは、なんと残念なことか!

 

スケールの大きな歴史小説を数多く書いたスコットは、自身とはまったくタイプの異なる女性作家オースティンの、狭い緻密(ちみつ)な小説世界の真価を認め、最大の敬意を払ったのです。

 

■『NHK100分de名著 ジェイン・オースティン 高慢と偏見』より

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