教養

隠すことの光と影


2016.10.17

使われる文脈によってさまざまな表情を見せる「隠す」という言葉。「塔」選者の栗木京子さんが「隠す」ことを歌った一首を紹介します。

 

*  *  *

 

「隠す」という言葉は複雑な表情をもっています。例えば「隠し味」。「この鶏肉のつくねには隠し味として青紫蘇(あおじそ)の葉を刻んで入れています」と言われると、味わいがぐっと増します。つくねを青紫蘇の葉で巻いてもおいしいのですが、それよりも手のこんだ感じがしてくるから不思議です。また、料理には「隠し包丁」という調理法もあります。味をしみ込みやすくするため素材に目立たないように包丁を入れることで、いかにも丁寧に作っているという高級感が出ます。

 

このように奥ゆかしさを示す「隠す」という行為ですが、その反面で陰湿さを漂わせることもあります。「隠しごと」は大いに気になりますし、「隠し金」や「隠し子」と聞くとドキリとします。さらに、「隠し撮り」などは、犯罪につながる卑劣な挙動です。ここまでくると単に暗いだけでなく、恐怖感と一体になってしまいます。

 

こうして正と負の両面をもつ「隠す」ですが、まずはほのぼのとした「隠す」の歌を鑑賞してみましょう。

 

捕まへた蝉ふところに隠すときわが猫は宝船のごとし

小島ゆかり『純白光』

 

この歌には次のような詞書(ことばがき)が付いています。「たますけは蟬取りに夢中だ。体が弱った蟬がベランダ付近に飛んでくるので、それをジャンプして捕まえる。捕まえた蟬は必ず明子の部屋に持ってゆく。彼女が捨て猫だったたますけを拾ってきたからか、それとも、はじめて蟬を捕まえたときいちばんほめたからか。今日も一匹。その部屋に、もう明子はいないのに。」

 

飼い猫のたますけと、たますけを拾ってきた作者の娘。娘の明子さんは就職してすでに実家を出ましたが、たますけは彼女に蟬を見せたくて仕方がないのです。両者の関係を知ると「宝船のごとし」という比喩(ひゆ)が、猫の可愛らしさだけでなく、過ぎた時間の豊かさとなつかしさも包み込んで、いっそう輝いて感じられます。

 

■『NHK短歌』2016年10月号より

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