教養

人を惹きつけてやまぬ『歎異抄』とは


2016.04.26

『歎異抄(たんにしょう)』は、なぜ昔から多くの人々の心を惹(ひ)きつけてやまないのでしょうか。現在でも、書店には訳本や解説本、関連書籍が数多(あまた)ならび、人々の関心の深さを伺い知ることができます。如来寺住職・相愛大学教授の釈徹宗(しゃく・てっしゅう)さんに、『歎異抄』という書物の成り立ちと魅力を伺いました。

 

*  *  *

 

いまから730年ほど前に書かれたこの書物は、浄土真宗(じょうどしんしゅう)の開祖である親鸞聖人(しんらんしょうにん)を直接知る唯円(ゆいえん)という人物の手によって、親鸞の語録とその解釈、さらに異端の説への批判を述べるものとしてまとめられました。小さな書物であり、原稿用紙にすれば三十枚程度の分量しかないと言われています。ですから、この一冊で親鸞思想や浄土真宗の教えのすべてが理解できるわけではありません。ましてや、ここから仏教を体系的に学ぶこともできません。それでも、たいへんな求心力を持つ書物として、時代を超えて現代に読み継がれているのです。

 

『歎異抄』の書名は、「異義を歎(なげ)く」というところから来ています。親鸞が亡くなった後に、師の教えとは異なる解釈(異義)が広まっていることを歎いた弟子の唯円が、親鸞の真意を伝えようと筆を執って完成させたのがこの書物です。よって、ここには師と同じ時代をともに生きた弟子にしか書けない、親鸞の生(なま)の声が息づいています。その点が、他の親鸞関係の書物とは違うところでしょう。私たちはこの書物を通し、人間らしい矛盾を抱えながらも浄土仏教の教えを極めていった親鸞の真の姿に触れ、そこに共感を覚えることとなるのです。

 

最初に、『歎異抄』について私が感じる魅力を二つあげておきます。一つめは、人の内実へとズバッと切り込む、切れ味鋭い金言(きんげん)や箴言(しんげん)にあふれている点です。二つめは、それまで人々が漠然と抱いていた宗教や仏教のイメージをひっくり返す力を持っている点です。私たちの常識を揺さぶるような逆説的な内容や思想がいくつも書かれています。

 

第三条に「善人なほもつて往生(おうじょう)をとぐ。いはんや悪人をや」(善人でさえ浄土に往生することができるのです。まして悪人はいうまでもありません)という有名な一文があります。簡潔にして力強い文章表現はアフォリズム(警句)としての力がありますが、それと同時に一種のパラドクスを感じます。すんなりと納得できない箇所をじっくりと読み、繰り返しその意味を問い直すなかで理解を深めていく──そうした性質を『歎異抄』は持っているのです。

 

この書物は、多くの近代知識人たちを魅了してきました。たとえば西田幾多郎は、第二次世界大戦の末期に「自分は『臨済録』と『歎異抄』さえあれば生きていける」と周囲に語ったそうです。ほかにも、司馬遼太郎や吉本隆明、遠藤周作、梅原猛など、『歎異抄』に惚れこんだ人は数知れません。

 

近代になり、日本の知識人たちはキリスト教文化圏からの哲学・思想に触れました。そこには、人は生まれながらに罪を背負っているという「原罪」の感覚が深く浸透しています。日本の思想や宗教には、あまりそうした性質のものはありませんが、親鸞だけは別でした。明治以降の思想家や哲学者たちは『歎異抄』に、近代知性ともがっぷり四つに組める罪業観が備わっていることを見出したのです。

 

もちろん知識人だけでなく、市井(しせい)の人も『歎異抄』を人生の指針としてきました。かくいう私もその一人で、最初に手に取ったのは大学一年生のときでした。もともと合理的な思考が性分でしたので、宗教を学びながらも一歩距離を置いていたのですが、そんな私を惹きつけたのが『歎異抄』でした。「宗教、侮(あなど)り難(がた)し」と実感したことは、いまでも鮮明に覚えています。

 

できれば、『歎異抄』は声に出して読んでもらいたいと思います。たとえ内容がよくわからなくても、声に出してみる。みんなで輪読会をするのもいいかもしれません。各条の文章は短いですし、漢文で書かれた序文以外は、さほど難しい文字や表現はありません。著者・唯円の文章力によるところも大きいと思います。

 

宗教の言葉というのは、本来は「語り」のなかにあります。また、その語りが身体化する性格を持っています。『聖書』や『クルアーン』にも同様のことが言えますが、繰り返し声に出して唱えるうちに、書かれたことが身体に蓄積されていきます。そうすると、生きていくなかで、たとえば絶体絶命のピンチに陥ったと感じる瞬間、宗教の言葉が浮上してきて私たちを助けてくれるのです。

 

■『NHK100分de名著 歎異抄』より

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