教養

思い人のバッグを歌った一首から伝わる作者の恋心


2015.07.12

『NHK短歌』の連載「短歌de胸キュン」の2015年7月号のテーマは「財布・バッグ」。「未来」選者の佐伯裕子(さえき・ゆうこ)さんには、バッグを詠み込んだ歌で、深く心に残っている一首があるといいます。

 

*  *  *

 

これまで生きてきて、いったい幾つの財布を使ってきたかと考えてみました。思い出せるのは八個余りでした。「少ない」と感じました。歳月が急に縮んでしまったように寂しくなり、数えなければよかったと後悔したものです。失くした財布は鮮明に覚えています。初めて買った茶色い財布に、新しい五円玉が入っていたことも忘れられません。「お金にご縁があるように」という心づくしの五円玉でした。

 

ひるがえってバッグは、洋服に合わせることもあるので財布よりは多くありました。「財布」にしても「バッグ」にしても、関心がもたれるのはデザインと中身でしょう。「財布」は、がま口、札入れ、小銭入れ、「バッグ」にはハンドバッグ、セカンドバッグ、ショルダーバッグ、手提げなど、異なる名称をもつ面白い小物です。

 

バッグのデザインに焦点を当てた歌で、もっとも心に残っている恋の歌があります。

 

黒き薔薇ぬひし手提を膝に置き俯向くときに眉長きかな

相良 宏『相良宏歌集』

 

この一首を初めて読んだとき、作者の抑えた恋心が痛いほどに伝わってきました。わたしは歌を作りはじめたばかりだったので、どこの表現が作者の抑制した恋心を伝えてくれたのか分かりませんでした。美貌を示す「眉長きかな」に拠るものかと思っていましたが、そうではなく、ていねいな手提げの描写に秘密があると気づいたのです。

 

黒い薔薇の刺繡をいうのに、「ぬひし」とゆったりと描写して、手提げをもつ女性の美しさを浮き立たせています。もし、手提げの描写がなくて「俯向くときに眉長きかな」だけだったら、甘い恋の歌になってしまうでしょう。

 

相良宏は大正14(1925)年に生まれた歌人ですが、昭和30年、30歳で亡くなるまで、青春の殆どを結核療養所で過ごしました。そこで出会った理知的な女性に恋をして、共に歌を作るようになります。当時は結核で亡くなる人が多く、成就できる恋ではありませんでした。しかも相良の片思いでした。彼女も若くして亡くなってしまいます。

 

相手の持っている物や身につけている何か、そうして相手の動作。それをていねいに見て描写する姿勢は、恋しいと思うこと、愛していることの表れなのではないでしょうか。

 

■『NHK短歌』2015年7月号より

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