教養

悪魔に取り憑かれたブッダの弟子


2015.04.20

ブッダが悟りを開いた地ブッダガヤ。現在のガヤ市(ビハール州)近郊、ネーランジャラー河畔の村

80歳でこの夜を去った仏教の開祖・ブッダ。『涅槃経(ねはんぎょう)』にはブッダが弟子たちとともに各地を歴訪した最後の旅が描写されており、途中、ブッダは大病を患い死にかけるも、再び元気を取り戻して旅を再開していることが記されている。その後、十大弟子の一人であり、付き人としてブッダの身の回りの世話をしていたアーナンダにこう語りかける。

 

「アーナンダよ、四神足(しじんそく)を成し遂げた者(ブッダのこと)は、望めば寿命のある限り、あるいは寿命よりも長くこの世に留まることができるのだぞ」

 

ブッダにはこのように、他者の利益のために、寿命をある程度伸ばしたり縮めたりする力があるとされている。しかし、この問いに対するアーナンダの返答は驚くべきものだった。花園大学教授の佐々木 閑(ささき・しずか)氏が語る。

 

*  *  *

 

もし皆さんがアーナンダの立場だったらなんと答えますか? 「それならどうぞ、いつまでも長生きして、私たちに教えを説き続けて下さい」と言うはずです。ところがアーナンダはぼーっとした顔でなにも答えなかったのです。

 

ブッダは、「お前が願うなら、私はもっと長く生きることも可能だ」と言いました。これは言い換えれば、「誰かが願わない限り、私は自分で勝手に死期を延ばすことはできないのだ」ということです。それは本人の「長生きしたい」という欲望でかなうものではなく、まわりの人々が「どうぞもっと長生きして、私たちを助けて下さい」と願った時、はじめて可能になるというのです。ブッダが長生きするというのは、あくまで「他者のため」でなければならないという、仏教らしい原理です。

 

ではなぜアーナンダは、ブッダの長生きを願わなかったのでしょうか? 『涅槃経』はその理由を、「アーナンダが悪魔に取り憑かれていたからだ」と言います。仏教にも悪魔というのがいるのです。パーリ語ではマーラといいます。この悪魔という存在は、いろいろなお経に登場するおなじみのキャラクターですが、いつでも仏教の邪魔をする悪役です。悟りを開こうと努力しているブッダの気を散らして修行の邪魔をしたり、教えが広まることを妨害したり、そしてこの『涅槃経』では、アーナンダに取り憑いて判断力を鈍らせ、せっかくブッダが「お前が頼めば私は長生きするぞ」と言っているのに、「はあ」と、ぼけた返事をさせています。ブッダを早死にさせようという計略です。

 

悪魔というのは、「皆がブッダの教えによって涅槃に入ることをよく思わない、仏教嫌いの気持ち」をシンボル化したものです。ブッダが亡くなった後も悪魔はずっと存在していて、隙あらば仏教を滅ぼそうと狙っています。そして実際、この悪魔がいろいろ悪さをするせいで、煩悩を消すための仏道修行において、私たちは様々な妨害を受けているというのです。仏教に対する永遠の敵役(かたきやく)といったところですね。その悪魔が取り憑いたせいで、アーナンダは頭が呆けてしまったのです。

 

こうしてアーナンダに取り憑くことでブッダの長生きを封じ込めた悪魔は、いよいよブッダの現前に姿を現し、すぐ涅槃に入ることを勧めます。「早く死んでください」というわけです。ブッダはしつこく迫る悪魔に対し、ついに「あせるでない。3か月後には涅槃に入るであろう」と約束してしまいます。『涅槃経』では、この時の様子を「ブッダはチャーパーラチェーティヤの地で、生命力を捨てた」と表現しています。

 

私は「生命力」と訳しましたが、パーリ語の原典には「アーユサンカーラを捨てた」とあります。「アーユ」は「命」で、「サンカーラ」は「持続力」といった意味です。つまり生命の持続力を放棄して、残った慣性力だけであと3か月だけ生きることにした、という意味です。

 

悪魔の思わくどおり、ブッダがこれ以上長生きする道は断ち切られました。ここには「本当ならブッダにはまだまだこの世にいて欲しかったのに、諸行無常の定めに逆らうことはできず亡くなってしまった」という経典編集者の無念の思いが溢(あふ)れているように思えます。

 

■『NHK100分de名著 ブッダ 最期のことば』より

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