教養

サン=テグジュペリが生き返らせようとした「少年モーツァルト」


2013.03.01

『星の王子さま』出版より8年前の1935年、『パリ=ソワール』紙の特派員としてソビエト・ロシアへの長い汽車旅行に出たサン=テグジュペリは、ある夜、列車の三等客車に足を運んだ。北九州市立大学名誉教授の水本弘文さんによると、サン=テグジュペリがそこで目にしたのは、フランスを追われて故郷の窮乏のなかへ帰って行かなければならなくなった多数のポーランド人労働者たちの眠っている姿だったという。サン=テグジュペリはこの様子をどのように受け止めたのだろうか。

 

*  *  *

 

ポーランド人労働者たちの重苦しく生気のない姿は、サン=テグジュペリの目にはでこぼこに歪(ゆが)んだ「粘土の固まり」のように映るのですが、このとき、ある夫婦の間で眠っている一人の子どもを目にします。そして、その寝顔の愛らしさに驚嘆するのです。

 

「これこそ少年モーツァルトだ、これこそ人生の美しい約束だ」(『人間の大地』8章)

 

眠るその子からあふれ出ている明るい生命の輝きに魅了されたのです。しかし同時に、この子もやがては両親と変わらぬ鈍重な「粘土の固まり」になり果てるのだろうか、との思いで暗澹(あんたん)となります。両親や他のおとなたちにも、昔はその子と同じ輝きがあったはずだからです。

 

「ぼくを苦しめるもの、それは彼らへの施しのスープでは解決ができないものだ。彼らの身体のでこぼこでも、醜さでもない。それは何というか、彼ら一人一人のなかで殺されたモーツァルトだ」(『人間の大地』8章)

 

『星の王子さま』はいわばこの「殺された」少年モーツァルトを生き返らせ、おとなたちに昔の輝きを取り戻させようとする物語だと言えます。「殺された」のではなく「傷つけられた」だけで、少年モーツァルトは今もおとなたちのなかに眠っている。その思いあるいは願望が『星の王子さま』を執筆しているときのサン=テグジュペリには生まれていたのです。

 

■『NHKテレビテキスト 100分de名著 サン=テグジュペリ 星の王子さま 12月号』より

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