教養

茶道は日本で完成された


2015.01.27

茨城県・五浦の天心旧邸

茶の歴史を振り返ったとき、茶そのものも、その背景にある老荘思想、道教、禅などの哲学もすべて中国で生まれたものであるが、それらが融合され、茶道として完成されたのは日本においてである──これは、美術運動指導者・文明思想家の岡倉天心(おかくら・てんしん)が著書『茶の本』の中で強調している主要な論点のひとつである。第二章「茶の流派」で語られる茶の発展の歴史について、東京女子大学教授の大久保喬樹(おおくぼ・たかき)氏が解説する。

 

*  *  *

 

古代中国において最初は薬として用いられていたお茶が、どのようにして嗜好品(しこうひん)となり、そして日本に伝わったか。天心は、茶というものは、団茶(だんちゃ)、抹茶(まっちゃ)、煎茶(せんちゃ)という三つの段階を経て発展してきたと述べ、その各々の段階に、異なる哲学や世界観があると説きます。

 

芸術と同様、茶の場合も、その発展の経過をたどると、いくつかの時期と流派がある。まず、発展の順からいうと、茶を煮立てる(団茶)、泡立てる(抹茶)、浸す(煎茶)の三段階に大きく分けることができるだろう。私たち近代人は、このうちの最後の段階にある。こうした茶の扱いかたの違いは、それぞれの時代の精神的特質をよく示している。日々の暮らしぶり、そのなにげない仕草のうちに、内心の動きはあらわれるからである。孔子は言っている、「人は隠したりするものだろうか」と。私たちには隠さねばならないような偉大なものなどないので、些細(ささい)な事柄にも自分をあらわにしがちになるのだろう。毎日の暮らしのなかのこまごまとした事も、高尚な哲学や詩に劣らず、それぞれの民族の理想がどういうものであるか語っているのである。

 

続けて天心は、茶の発展における「それぞれの時代の精神的特質」がどのようなものであるかを語ります。まず、固形の茶を煮立てる団茶は、中国の唐の時代の精神的特色をあらわしているといいます。それまでは薬という実用的なものだった茶が、この時代になって洗練された芸術性を獲得し、茶道の原点が生まれます。その始祖となるのが、茶神、茶聖とも呼ばれる陸羽(りくう)です。天心は陸羽の著書『茶経(ちゃきょう)』をくわしく紹介したうえで、その背景に、この時代、仏教・道教・儒教が総合されて、日常現実ひとつひとつのうちに宇宙全体を律する普遍的真理があらわれるという汎神論的象徴主義の理念が登場したことを指摘します。そうした象徴主義の影響を受け、陸羽は「茶のもてなしのうちに万物を支配する調和と秩序を見出そうとした」とし、『茶経』を執筆して茶の決まり事を定式化したと天心は解説します。

 

次いで宋代に入ると、これに代わって抹茶が主流となります。それに応じて、背景となる時代思潮にも微妙な変化が生まれたことに天心は着目します。すなわち道教の影響力の広がりです。それまでの、現実を宇宙真理の反映とみる象徴主義的発想から、現実そのものが宇宙真理なのだという発想への転換が起こったというのです。

 

宋の茶の理想は、人生観同様、唐とは異なっていた。唐時代には象徴化しようとしたものを宋時代になると現実化しようとするようになったのである。新儒教(仏教、道教の要素をとりこみ総合した儒教)の思想では、この世の現象に宇宙の法則が反映されているのではなく、この世の現象そのものが宇宙の法則にほかならない。永劫(えいごう)は瞬間にすぎず、涅槃(ねはん)は常に掌中にある。不滅は永遠の変化の中にあるという道教の考えがすべてに浸透していた。面白いのは行為そのものではなくて、その行為にいたる経過だ。本当に重要なのは完成そのものではなく、完成することだ。かくして、人間は一気に自然と直面することになった。人生に新たな意味が生まれて指針となった。茶は、単なる詩的な遊び事にとどまらず、自己実現の手立てとなった。

 

天心は、ここにおいて茶道の原理が完成されたと指摘します。具体的には、道教の教義を大幅に取り入れた禅宗の仏教徒たちがこの時代に精緻(せいち)な茶の礼法を作り上げ、そして、この完成された段階の茶が、やがて15世紀室町期の日本に伝わり、頂点をきわめることになるのです。

 

茶道は日本で完成された

 

しかし中国では、この段階を過ぎると13世紀にモンゴル族の侵入が起こり、それまで築かれてきた文化が一掃されてしまいます。その後も、15世紀中ごろには漢民族の明王朝が再興をはかるも内乱が起こり、17世紀には満州族の侵入により清朝の支配が始まります。こうした歴史の中で、風俗や生活習慣も変わり、抹茶も忘れられていきました。茶が到達した高い精神性も失われて、ふたたび、単なる日常的飲料にもどっていきました。そこで広まったのが煎茶です。

 

そして天心は、中国で廃れてしまった茶の理想は、日本においてのみ引き継がれ、さらなる洗練を加えられて今日に至っていると解説します。彼はここで、茶も、老荘思想も、道教も禅もすべて中国で始まったものであるが、それが組み合わされて茶の哲学として完成されたのは、やはり日本なのだということを強調しています。

 

■『NHK100分de名著 岡倉天心 茶の本』より

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