教養

『菜根譚』が「晩年こそがすばらしい」と説く理由


2014.11.28

和刻本『菜根譚』前集冒頭(大空社蔵)

厚生労働省によると、現代の日本人の平均寿命は男女ともに80歳を超えている。いわゆる「老後」と呼ばれる期間を長く過ごすことになるわけだが、介護の担い手不足や揺れる年金制度など、老後の不安は増すばかりだ。しかし、中国最高傑作の処世訓『菜根譚(さいこんたん)』の中で、著者の洪自誠(こう・じせい)は、「真の幸福は晩年にある」としている。大阪大学大学院教授の湯浅邦弘(ゆあさ・くにひろ)氏に当該箇所を解説していただく。

 

*  *  *

 

『菜根譚』では、晩年こそがすばらしいとくりかえし説かれています。このことは最大の特色の一つだと思います。

 

日既(すで)に暮(く)れて、而(しか)も猶(な)お烟霞絢爛(えんかけんらん)たり。歳(とし)将(まさ)に晩(く)れんとして、而も更(さら)に橙橘芳馨(とうきつほうけい)たり。故(ゆえ)に末路(まつろ)晩年(ばんねん)、君子(くんし)更(さら)に宜(よろ)しく精神百倍すべし。(前集一九六)

 

(日が暮れても、夕景は絢爛と輝いている。歳末になっても、柑橘(かんきつ)類は一層良い香りを漂わせている。だから、人生の晩年に際してこそ、君子たる者は、さらに気力を充実させなければならない。)

 

ここでいう君子とは、『論語』に出てくるような道徳的にハイレベルな人をさしているのではありません。『菜根譚』でいう君子(または士君子)とは、「およそ人は」と訳してもいいような、普通の人のことです。そんな普通の人たちも、晩年こそが最も光り輝くのだと言っています。枯れていく老人とはまるで違う、精神百倍の充実した老人像。これは私の想像ですが、この条はひょっとすると洪自誠が自分自身に向けて送ったエールかもしれません。洪自誠は、自然現象を人生にあてはめるのが非常に上手で、イメージがいきいきと浮かび上がってきます。

 

一苦一楽(いっくいちらく)して相磨練(あいまれん)し、練極(きわ)まりて福(ふく)を成(な)す者は、其(そ)の福始(はじ)めて久(ひさ)し。一疑一信(いちぎいっしん)して相参勘(あいさんかん)し、勘極まりて知を成す者は、其の知始めて真(しん)なり。(前集七四)

 

(苦しんだり楽しんだりして修練し、その修練をきわめた後に得た幸福であって、はじめて長続きする。疑ったり信じたりして考え抜き、考え抜いた後に得た知識であって、はじめて本物となる)

 

長い時間をかけて自分を錬成した人の幸福は長続きする、と言っています。現代は老後と呼ばれる時間の長い時代です。晩年を幸福に送れるということは、長い年月を幸せに過ごすということになるのではないでしょうか。

 

■『NHK100分de名著 洪自誠 菜根譚』より

このエントリーをはてなブックマークに追加

  • テキスト定期購読

  • テキストビュー300×56

000064072452019_01_136

NHK出版 学びのきほん 役に立つ古典

2019年06月25日発売

定価 724円 (本体670円)

000064072442019_01_136

NHK出版 学びのきほん ブッダが教える愉快な生き方

2019年06月25日発売

定価 724円 (本体670円)

000064072462019_01_136

別冊NHK100分de名著 集中講義 三国志

2019年06月25日発売

定価 972円 (本体900円)