教養

『枕草子』に見る清少納言の得意顔……その陰に秘められた真実とは


2014.10.15

現在の京都御所

清少納言は30歳ぐらいの頃、一条天皇の妃である中宮定子(ちゅうぐうていし)に仕えるために宮中に出仕する。定子は彼女を非常に気に入り、2人は相思相愛とも思えるような関係を築いていくが、幸せは長くは続かなかった。清少納言の随筆『枕草子』には自慢話が多いとされるが、その理由が実はここに隠されていた。日本語学者で埼玉大学名誉教授の山口仲美(やまぐち・なかみ)氏が解説する。

 

*  *  *

 

当時、一条天皇の后妃として藤原道隆(ふじわらのみちたか)の娘である定子がサロンを形成していましたが、父・道隆が亡くなり、また兄弟の伊周(これちか)・隆家がライバルの道長の策謀によって流罪(るざい)となったことで、後ろ盾を失った定子は凋落(ちょうらく)の一途をたどっていました。その後、道長の娘の彰子(しょうし)が入内(じゅだい)したことで形勢の不利は明らかとなり、定子は失意のうちに24歳の若さで亡くなってしまいます。清少納言の宮仕えの期間は7年間ですが、そのうち定子が栄えたのは、彼女が出仕した最初のわずか1年半ほどでした。

 

定子と清少納言。この二人の親密な間柄が分かる章段が『枕草子』にはいくつも出てきます。ひとつ例を挙げましょう。「うれしきもの」(二五八段)から。定子に特別扱いされていると感じた時の清少納言の気持ちです。

 

よき人(ひと)の御前(おまえ)に、人々(ひとびと)あまた候(さぶら)ふをり、昔(むかし)ありける事(こと)にもあれ、今(いま)聞(きこ)しめし、世(よ)に言(い)ひける事(こと)にもあれ、語(かた)らせたまふを、われに御覧(ごらん)じ合(あ)はせて、のたまはせたる、いとうれし。

 

「身分の高い方の前に大勢の女房がひかえていて、昔のことや最近話題になったことをお話し下さる時に、自分に目を合わせて話をしてくださるのはとてもうれしい」という意味です。「よき人の御前(身分の高い方の前)」とあって、定子とははっきり述べていないけれど、当然、定子が含まれています。

 

この気持ち、分かりますね。憧れの先生が授業中に自分の目を見て話してくれた時に「あら、私に語りかけてくれている!」と思ってちょっとうれしくなる。それと同じ。清少納言の場合は、そのうれしさがものすごく大きいわけです。

 

さらに、同じ章段で、こうも述べています。

 

御前(おまえ)に人々(ひとびと)所(ところ)もなくゐたるに、今(いま)のぼりたるは、すこし遠(とお)き柱(はしら)もとなどにゐたるをとく御覧(ごらん)じつけて、「こち」と仰(おお)せらるれば、道(みち)あけて、いと近(ちこ)う召(め)し入(い)れられたるこそうれしけれ。

 

(中宮様の御前に女房たちがびっしりと座っている時に、新参者の私が、少し離れた柱のもとなどに座っているのを中宮様はすばやくお見つけになって「こちらへ」とおっしゃる。女房たちが通り道を開けてくれ、中宮様の近くに呼び寄せられたのは、何にもましてうれしいわ。)

 

このように、定子は清少納言に寵愛(ちょうあい)の情を示し、清少納言は定子の意向をいち早く察知し定子の意に応えようとする。定子と清少納言は、まさに相思相愛の間柄にあったのです。

 

『枕草子』は、清少納言と定子の出会いがなければ書かれなかった作品です。『枕草子』は、清少納言が宮仕えを始めてから定子が亡くなるまでの7年間の後宮生活をもとに書かれましたが、ここで強調したいのは、清少納言は定子が輝いている絶頂期の1年半にのみ焦点を合わせ、凋落が始まってからの屈辱的で悲しい出来事はほとんど書かなかったということです。あくまで、明るく輝き、意気軒昂(いきけんこう)とした定子のサロンの様子を描き切っている。ここに『枕草子』の虚構があります。この事実は、『枕草子』を読む時にぜひとも知っておいてほしいことです。

 

『枕草子』は自慢話が多く、清少納言の得意顔がイヤだという人もいるでしょう。でも覚えておいてください。清少納言は、本当はあったつらい思い出を“わざと”書かなかったのです。

 

■『NHK100分de名著 清少納言 枕草子』2014年10月号より

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