教養

「般若心経」にみる“新興宗教”大乗仏教の意欲と戦略


2014.10.05

『般若心経』には長いバージョン(大本)と短いバージョン(小本)があり、「大本」にはお経の出だしの部分(序分=じょぶん)、真ん中の本文(正宗分=しょうしゅうぶん)、結びの言葉(流通分=るずうぶん)がそろっているので、こちらの方が全体の構造がわかりやすい。花園大学教授の佐々木 閑(ささき・しずか)氏は次のように解説している。

*  *  *
まず、序分はこうです。

あるとき釈迦は、王舎城(おうしゃじょう)という町の霊鷲山(りょうじゅせん)という山で、多くの弟子や菩薩たちとともにいて、一人、深い禅定(ぜんじょう=瞑想状態)に入っておられました。その折、舎利子がその場の集まりの中にいた観音様に『般若波羅蜜多を修行するにはどうしたらよいのですか』と尋ねました。すると観音様は次のように言いました。

このあと本文(正宗分)となり、般若波羅蜜多の教えの素晴らしさが、観音を語り手として、説かれます。聞き手は舎利子です。お経の途中にときどき「舎利子」という語が入っているのは、観音が舎利子に呼びかけているのです。

そしてそれが終わると「流通分」、すなわちシメの部分に入るのですが、それは次のようになっています。

それまで瞑想に入っていた釈迦は、その状態から出ると、観音菩薩が述べたことに対して『その通り、素晴らしい』と称賛しました。すると、その場に集っていた大勢の聴衆はみな歓喜して、その言葉を承りました。

『般若心経』は釈迦が直接説いたお経ではない、という点に注目してください。このお経の作者は、まず観音菩薩という「釈迦の仏教」時代にはいなかった大乗仏教の菩薩をスポークスマンとして登場させ、この観音様に説法を行わせます。聞き手は釈迦の一番弟子であった舎利子です。その内容は、自分たちの信奉する般若波羅蜜多の教えは釈迦の教えよりもっと深遠で、もっと素晴らしいというものです。そして、語り終わったところで瞑想していたお釈迦様を起こして、太鼓判を捺させているのです。

自分たちの教義のほうが上位であることをアピールして、最後にお釈迦様本人のお墨つきまでもらっているわけです。しかし、このように大乗仏教の代表者が教えを説き、お釈迦様がそれに対して「そうそう」と太鼓判を捺すというパターンは、じつはけっこうあるのです。そこには新興の宗教である大乗仏教の人々が、古い権威を乗り越えて新たな信仰の世界を創っていこうとする意欲と戦略が垣間見える気がします。

ですから、『般若心経』を読むときは、ただ、お経の文字のみをありがたく味わうだけではなく、その背後に横たわっている歴史や成立事情などを合わせてみ
ていくと、一層深い趣が感じられると思います。

■『NHK 100分de名著 般若心経』2014年9月号より

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