教養

『アンネの日記』に散見される大人たちへの批判精神


2014.08.16

アンネ・フランクの銅像

ナチス・ドイツによる迫害から逃れるため、アンネ・フランクは13歳のときにアムステルダム市内にある隠れ家へと移り住む。他の家族との共同生活を送ることになったアンネは、支援者たちへの感謝の気持ちを日記に綴る一方で、共に暮らす大人たちに対して湧き上がる反抗心をあらわにもしている。作家の小川洋子(おがわ・ようこ)氏がアンネの批判精神について語る。

 

*  *  *

 

アンネが移り住んだ隠れ家には、フランク一家4人の他に、ファン・ダーン一家の3人(両親と16歳になる息子ペーター、そして飼い猫)と、しばらく経ってからメンバーに加わる歯医者のデュッセルの計8人が暮らしていました。

 

アンネは隠れ家での共同生活を詳細に書き記しています。その日起きた出来事や食料事情、隠れ家の住人たちとの会話、戦況などが、鋭い観察眼と豊かな感性で切り取られ、驚くほど鮮明に表現されています。

 

それとともに日記には、アンネが大人たちに対して激しい反抗心をむき出しにしているさまが繰り返し登場してきます。友達とおしゃべりをして気を紛らわせたり、スポーツでストレスを発散したり、そういう自由が許されない環境のなか、彼女の鬱屈(うっくつ)の逃げ道はただひたすら日記、言葉、それだけでした。

 

アンネはこう書き記しています。「あんまり悔(くや)しくて、はらわたが煮(に)えくりかえっています」。なんとも穏やかではありませんが、その続きを見てみましょう。

 

わたしが口をきくと、みんなから利口ぶってると言われます。黙(だま)っていると、ばかみたいだと言われます。口答えすれば、生意気(なまいき)だと言われます。なにか名案が浮(う)かぶと、悪賢(わるがしこ)いと言われます。疲(つか)れていれば、怠慢(たいまん)、一口でもよけいに食べれば、身勝手(みがって)(中略)。一日じゅう、わたしの聞かされるのは、おまえはかわいげのない赤んぼだということだけ。

 (1943年1月30日)

 

怒りの裏で、とても傷ついている心の内が見てとれます。しかも、それがリズミカルで、調子のよい文章で表現されています。彼女の大人への批判は、こうしたかたちで表われます。どこかユーモアがあるのです。

 

隠れ家では、アンネはなぜか、歯医者のデュッセルと同室で寝泊りすることになります。いくら特殊な状況下とはいえ、思春期の少女を中年男性と同室に割り振った判断が正しかったのか、疑問もありますが、こんなところからも大人たちがいかにアンネを子ども扱いしていたかがわかります。

 

アンネはデュッセルを、皮肉めかして「閣下(かっか)」と呼び、「くどくて、旧弊(きゅうへい)で、規律一点張り」と評しています。こんな記述もあります。

 

すでにデュッセルさんからお小言を食らってるのに、そのうえママからもおなじことを言われるなんて、まるで前後から強風を受けてもみくちゃになってる小舟みたい。

(1942年11月28日)

 

「前後から強風を受ける小舟」とは、いい表現だと思いませんか? 確かにデュッセルは、時に感心しない行動を取る人物です。彼にはキリスト教徒の事実婚の妻がいて、彼女からたびたび食料などの差し入れが届いていましたが、それらを専用の戸棚に隠して独り占めしていました。アンネが怒ったのはこの点です。

 

お世話になってるクレイマンさんやフォスキュイルさん、ベップなどにたいしても、やっぱりけちで、身勝手(みがって)で、なにひとつ分けてあげようとしないことです。

(1943年5月1日)

 

彼女の怒りは理にかなっています。隠れ家の8人目のメンバーとして彼を受け入れる際に、アンネは不平を言わず、高い理想をかかげて賛成します。ところがやって来たデュッセルが見せる人間の醜(みにく)さに、彼女は失望するのです。

 

■『NHK100分de名著』2014年8月号より

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