教養

佐佐木幸綱の第一歌集刊行が同世代の歌人より遅かった理由


2014.08.09

はじめて上梓した歌集について歌人自らが思い出を語る『NHK短歌』の連載「わたしの第一歌集」。8月号では、現代歌人協会理事長の佐佐木幸綱(ささき・ゆきつな)さんが、第一歌集『群黎(ぐんれい)』にまつわるエピソードを披露している。

 

*  *  *

 

私の第一歌集『群黎』の発行日は1970年10月1日。誕生日の一週間前。第一歌集の刊行は満31歳の年ということになる。

 

佐佐木信綱『思草』が満31歳、斎藤茂吉の『赤光』がやはり満31歳の刊行だった。いま思ってみると、この二歌集を意識して発行日をぎりぎり誕生日前に設定したのだったと思う。『群黎』というタイトルも、出典は『詩経』であるが、漢字二字のタイトルのこの二歌集を意識していなかったというと噓になる。ちなみに「群黎」という語、第二版までは『広辞苑』に載っていたが、その後削除され、いまは載っていない。

 

装幀は加納光於さんで、凝った装幀を考えてくれた。『群黎』は「I」と「II」、二冊がいっしょに函入りになっていて、その函に四つ丸い穴が空いている。そのためのタガネを特別に作るということで、工程が遅れて、発行日ぎりぎりになった。

 

最初から余談になるが、ちょうど発行日に見本が三冊だけ届いた。この三冊だけは、製本所の都合で、函の中の「I」・「II」の表紙がビニールカバーではなく、セロファンカバーがついていた。塚本邦雄さんが「早く送れ」と何度も電話をかけてきてくださっていたので、見本の一冊を早速お送りした。だから、セロファンカバーの『群黎』があるのは、わが家以外では塚本さんのところだけ、ということになる。

 

私の同年代の歌人といえば、寺山修司、小野茂樹、平井弘、春日井建、岸上大作である。寺山1935年生、小野36年生、平井36年生、春日井38年生、岸上39年生。彼らはみな、若くして歌集を出している。刊行順に並べておこう。寺山『空には本』22歳(58年)。春日井『未青年』21歳(60年)。平井『顔をあげる』25歳(61年)。岸上『意志表示』21歳(61年)。第一歌集が遅れたのは小野茂樹さんと私。小野さんの『羊雲離散』は32歳の年(68年刊)である。

 

『羊雲離散』を刊行して間もなかった小野さんは、塚本さんと共に、私の第一歌集に多大の期待を寄せてくれていた。『群黎』の初稿を見てくれるというので校正刷りを小野さんに預けた。交通事故で急逝されたのはその直後のことである。校正は奥さまから返却していただいた。預けて数日しか経っていなかったが、かなり朱が入り、注記があった。小野さんのサジェスチョンにしたがって、改稿した部分もかなりあったように思う。

 

私の第一歌集刊行が同世代の歌人たちより遅れたのには、一応、理由があった。おおもとは、寺山さんや春日井君とくらべて、作歌をはじめた時期がずっと遅かったからだが、現実的な理由もあった。一は、編集者としての仕事が忙しかったこと(じっさいは酒を飲む時間が長かったのだが)、一は、金銭的な余裕がなかったこと。

 

私は、河出書房新社が倒産し会社更生法が適用されて、雑誌「文藝」再スタートのメドがついた段階で編集者をやめた。退社したのは、『群黎』刊行の前年1969年。退職金は能登半島に一週間ほど泳ぎに行っただけでなくなってしまった。

 

退職した翌年にやっと歌集を作る決心をした。出版は青土社。当時は、作品社、白玉書房が歌集出版で定評のある出版社だった。寺山『われに五月を』、春日井『未青年』は作品社刊。そして寺山『血と麦』『田園に死す』、岸上『意志表示』、小野『羊雲離散』は白玉書房刊である。私の第一歌集が作品社や白玉書房ではなく、詩の出版社である青土社刊であったことが、その後の私のイメージや人間関係、作品の質等に少なからず影響したことは疑いない。

 

■『NHK短歌』2014年8月号より

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