教養

『昆虫記』に見るファーブルの文章が持つ特徴と魅力


2014.07.17

『昆虫記』自筆原稿

フランスの博物学者ジャン=アンリ・ファーブルは昆虫の研究に生涯を捧げた。その集大成が全10巻からなる『ファーブル昆虫記』(以下、『昆虫記』)である。翻訳を手がけたフランス文学者・作家の奥本大三郎(おくもと・だいさぶろう)氏によると、『昆虫記』の文章には二つの特徴があるという。

 

*  *  *

 

ひとつは、昆虫の生態を見たまま正確に記述していることです。そこから先の推論を立てたり、急いで何らかの法則を導き出して理論を構築したりといった方向には行きません。学者として名を上げたい人は、理論を構築したがるものです。また、そういう新しい理論をいち早く学んで、時流に乗らなければ、とあせるような人も多くいます。ファーブルは、そのどちらにも与(くみ)しません。自分の目で見たことだけを信じる、それ以上のことは確認できていないという姿勢を貫いています。

 

そして、自分が目で見たことをとても慎重に記述します。そのため、ときにファーブルの文章には「しつこさ」が付きまといます。同じことを何回も繰り返して書くため、翻訳者の立場からすれば、そのまま訳したのでは自然な日本語になりにくくて困る場合があります。アナトール・フランスという、19世紀から20世紀初頭のフランスでも代表的な名文を書いたとされる作家は、「ファーブルは文筆家には向いていない」という言い方さえしました。流麗ではない、というのでしょう。しかしながら、そのしつこさは、自分が見たものを正確に伝えたいがゆえのことであり、粘り強い観察者ならではの文体と言えます。

 

『昆虫記』の文章のもうひとつの特徴は、わかりやすさです。ファーブルは、学術論文として発表した研究成果を、誰もが読みたくなるようなわかりやすい文章で書き表すことができました。それは、教師として長年人にものを教えたこと、また、一般の人向けに数多くの啓蒙書を書いたことから身についた技術と思われます。さらには、ファーブル自身が独学で苦労したことも背景にあるでしょう。当時の専門書というものは、権威付けのためもあって、ことさら難しく書いてあり、指導してくれる人を持たないファーブルはたいへん苦労したようです。そのため、読者を無下に遠ざけるような文章とは違うもの、読む人の身になって、分かりやすいものを書こうという思いが、ファーブルにはありました。

 

権威を重んじる当時の学者たちは『昆虫記』を批判しました。それはまさに、『昆虫記』が読みやすくて面白いという理由からでした。似たような傾向は残念ながら今でもあります。ファーブルが多くの偉大な新発見をしているにもかかわらず、『昆虫記』に対して「あれはエッセイですから」と距離をとる人もいるのです。平易で、わかりやすく、人気があるものに対する学者の反感というのは、一種の職業的本能のようなものかもしれません。

 

■『NHK100分de名著』2014年7月号より

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