教養

「出エジプト記」に見る神の誕生とユダヤ教の成立


2014.05.29

ヨルダン川を渡るユダヤの民(ドレ画)

「旧約聖書」編纂で最初に成立した「五書」は「創世記」、「出エジプト記」、「レビ記」、「民数記」、「申命記」から成る。出エジプト記には、ユダヤ教が成立した過程が記されている。千葉大学文学部教授の加藤隆(かとう・たかし)氏に解説していただいた。

 

*  *  *

 

前13世紀、エジプトにいた非エジプト人の集団が、エジプトから逃げ出した。これが「出エジプト」の事件です。彼らは奴隷状態にあって苦しんでいた、とされています。モーセという人物が指導者でした。

 

この出来事自体は、いわば「奴隷の集団脱走事件」であって、時々生じるような出来事の一つでしかなかったと思われます。しかし旧約聖書では、きわめて重要な事件だとされています。この「出エジプト」の事件がきっかけとなって、「ヤーヴェ(※)」という神を崇拝する「イスラエル民族(ユダヤ民族)」という集団が成立しました。「ユダヤ教」が成立した、ということになります。

 

「出エジプト」の物語には、神がさまざまな奇跡を生じさせて、そのおかげで人々の脱出が成功したことが記されています。海の横断の奇跡、マナの奇跡などは、きわめて有名で、この時は、エジプト軍が追跡してきました。一方は、ただの元奴隷の集団で、他方は、当時の最高の文明国家の軍隊です。このような状況では脱出に成功したということ自体が、十分に奇跡的な出来事でした。しかし、脱出が成功しても、彼らは荒野で生活していかねばなりません。

 

こうした中で、おそらくモーセの強力な指導もあって、人々は一致して「ヤーヴェ」を自分たちの神として崇拝することにします。これは彼らが、一致協力して生活していくことの表現にもなっています。

 

図「神と民の相互関係」をご覧ください。「神」(ヤーヴェ)と「民」(ユダヤ民族)が相互に結びついた様子を示しました。

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神と民の相互関係

 

矢印が両方向になっていることが重要です。

 

「神」が「民」に働きかけています。「民」のエジプトからの脱出を、「神」が成功させました。また荒野で厳しい生活をしなければならない「民」を守るのもこの「神」です。「神」から「民」に与えられるのは、「救い」「恵み」だということができます。そのような「神」を信頼し、忠実になることを「民」は選択します。

 

もう一つ重要なのは、「神」と「民」の相互の選びが、どちらの方向においても排他的だ、ということです。「ヤーヴェ」は、他の誰の神でもないような神です。その神が、ユダヤ民族だけを、自分の「民」として選んでいます。「民」の側から言うならば、他の誰の神でもない神を、ユダヤ民族が自分の「神」として選んでいます。この「神」は、ユダヤ民族以外の者たちの神ではありません。

 

「ヤーヴェ」という神の起源については、さまざまな議論が行われていて、確定はできないようです。しかし「ヤーヴェ」の起源はあまり重要ではありません。

 

ユダヤ民族は、エジプトから逃げた者たちです。エジプト軍に捕まらなかったとはいえ、それで危機が去ったのではありません。「荒野」は、文明世界が無関心でいてくれる可能性の大きな地域です。言い換えるならば、文明世界から放棄されているような地域です。このような領域にユダヤ民族がとどまらねばならないのは、彼らが文明世界に戻ることができないからです。文明世界とは、実際には、エジプトのことです。この時のエジプトとの関連において彼らは、「脱走者」であり、いわば犯罪者です。エジプト側から見れば彼らは、「無法者」「アウトロー」になることを選んだ者です。ユダヤ民族側から言うならば、エジプトは「敵」です。

 

ユダヤ民族を守る神は、エジプトやエジプト人、あるいはエジプトに従うような者たちを守る神ではあり得ません。「ヤーヴェ」が起源がよく分からないような神、体制側でない神であるということが、この時のユダヤ民族が置かれた状況によく対応しています。

 

「出エジプト」という、はっきりとした「反エジプト的行動」において、「ヤーヴェ」という「エジプト的でない神」が自分たちを救い、そして守ってくれました。そして「エジプト」という文明世界に戻ることのできない自分たちが生き延びるには、この神を選ぶという立場を維持するしかありませんでした。このためにユダヤ民族は、「ヤーヴェを選ぶ」という立場であり続ける、ということになりました。ユダヤ民族がヤーヴェと結びついているという形は、余儀のないものでした。そしてこの形において、ユダヤ民族はとにかくも存続します。

 

※ヤーヴェ:ユダヤ教の唯一神。ヤハウェとも。畏怖ゆえにその名を口にしないようになり、「アドナイ(主)」と読み替えていた。

 

■『NHK100分de名著』2014年5月号より

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