教養

「旧約聖書」はいつ、どのように編纂されたのか


2014.05.26

アダムの創造(ミケランジェロ画 システィーナ礼拝堂)

「旧約聖書」、つまり「ユダヤ教の聖書」はいくつもの文書(英語では「book」)の集合体であり、古代ユダヤ教が展開する中で、徐々に作られていった。いつ、どのように編纂されたのだろうか。千葉大学文学部教授の加藤隆(かとう・たかし)氏にうかがった。

 

*  *  *

 

まとまりのあるものが最初に成立したのは前5世紀から前4世紀頃で、ユダヤ民族がペルシアの支配下にあった時期です。ユダヤ教が民族宗教としてそれなりに本格的に成立したと言えるのは、「出エジプト」の出来事の時です。前13世紀のことです。この時から、聖書の最初の部分が生じるまで、8、900年の時間が流れています。ユダヤ教には長い間、「聖書」は存在しませんでした。ユダヤ教は聖書に基づいて存在しているのではない、ということになります。

 

しかし聖書が、作られ始めます。「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」の五つの文書からなる、いわゆる「(モーセ)五書」です。これに他の文書がだんだんと付け加わって、文書の数が増えていきます。聖書の文書は、初めの頃は、すべてヘブライ語で書かれていました。ヘブライ語は、古い時代のユダヤ人の言語です。しかし、聖書の編纂が始まる前5世紀から前4世紀頃には、一般のユダヤ人はヘブライ語ではなく、アラム語を使っていました。ヘブライ語は、勉強をした知識人だけが分かる言語でした。

 

前2世紀初めに、重要な事件が生じます。ヘレニズム文化(アレキサンダー大王以降のギリシア文化、前4世紀後半以降)が支配的だった時代です。ヘレニズム文化の一大中心地だったエジプトのアレキサンドリアで、ヘブライ語聖書のギリシア語訳が作られます。「七十人訳聖書」(「セプトゥアギンタ」)です。

 

この「七十人訳聖書」は翻訳版です。しかしギリシア圏では、元のヘブライ語聖書から独立して、このギリシア語聖書それ自体に権威があるように位置づけられます。

 

この時期には、どの文書が聖書に含まれるかが確定していなくて、新しい文書が付け加えられるということがまだ可能でした。こうした中で、最初からギリシア語で書かれた文書がギリシア語聖書の一部として加えられるということが生じてきました。ヘブライ語聖書に含まれていない文書が、ギリシア語の「七十人訳聖書」には含まれているということになって、聖書にどの文書が含まれるかという点で、異なった立場の聖書が併存することになりました。

 

この状態は後1世紀末に、終止符が打たれることになります。「ヤムニア会議」と呼ばれるユダヤ教の知識人の集団があって、そこで「聖書はヘブライ語で書かれた三十九の文書で構成される」ということが決定され、この決定が定着します。

 

ユダヤ教では、この立場が、現在でも守られています。この決定以降は、「ユダヤ教の聖書は三十九の文書からなっている」ということになります。キリスト教は、「ユダヤ教の聖書」を「旧約聖書」として受け継ぎました。しかしキリスト教が受け継いだのは、ヤムニア会議以降の「三十九の文書からなるユダヤ教の聖書」ではなく、ヤムニア会議以前の状態の「ユダヤ教の聖書」でした。ユダヤ教とキリスト教の分裂がはっきりするのは、後1世紀末近くです。

 

「ヤムニア会議」の時というのは、両者が分裂しようとしている時ですから、ユダヤ教とキリスト教の間はきわめて険悪でした。ユダヤ教の側での決定を、キリスト教の側が素直に受け入れる雰囲気ではありませんでした。

 

この頃、キリスト教は、かなりの勢いで拡大していました。特にギリシア語圏(ローマ帝国の東半分)で、キリスト教は大きな勢力になります。このために、キリスト教がユダヤ教から受け継いだ「ユダヤ教の聖書」は、実際には基本的に「七十人訳聖書」であるということになりました。つまりキリスト教の「旧約聖書」は、「七十人訳聖書」系統の「ユダヤ教の聖書」が支配的で、それは、「三十九の文書」以外の、最初からギリシア語で書かれた文書を含むものでした。

 

現代では、「旧約聖書は三十九の文書からなる」「旧約聖書の元の言語はヘブライ語である」というのが、キリスト教の聖書についての通念のようになっています。しかしこの理解は、不正確だということになります。

 

たとえば、「旧約聖書は、三十九の文書ないしその他の文書からなっている」というような言い方をするならば、一応のところ正確な言い方だということになります。この立場は、キリスト教の立場ですし、「ヤムニア会議」以前のユダヤ教の立場でもあります。

 

■『NHK100分de名著』2014年5月号より

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