教養

隊列の外からデモを見た歌人たち……そのとき何を思ったか


2014.05.23

4月は、「塔」主宰の永田和宏(ながた・かずひろ)さんが、デモに参加して意思表示をしていた歌人たちの歌を取り上げた。「同じデモの歌でも、デモの列から見るものと、外からデモを見るものとでは、おのずからその見方は大きく違うものです」と語る永田さんに、「デモの外から」詠まれた歌を紹介していただく。

 

*  *  *

 

つい先頃の特定秘密保護法案に反対するデモに対して、自民党幹事長の石破茂氏が自身のブログで、「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます」と書いたことは記憶に新しいところです。あまりの露骨な発言に啞然としたのは、もちろん私だけではないでしょう。

 

この発言はすぐに石破氏自身が撤回しましたが、これは「見せ消(け)ち」の手法なのだと、私は強く思ったことでした。つまり、いったん発言し、すぐに取り消す。撤回したのだから「なかったこと」にすると言われても、その取り消された言葉こそが、却っていっそう強くみんなの心に焼きつくものです。

 

藤原定家に「見わたせば花ももみぢもなかりけり浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮」という有名な一首がありますが、「花ももみぢもなかりけり」と打ち消されることによって、却って花と紅葉は読者の心に強く焼きつけられる。……と、こう指摘したのは、塚本邦雄氏でした。

 

政治家は言葉を軽く使って、糾弾されればすぐに撤回する。しかし、その「見せ消ち」に消された言葉は、繰りかえされることによって徐々にみんなを鈍感にし、そんな言葉に対する耐性(トレランス)を作って行く。怖いことです。

 

石破発言ほど露骨、意図的でなくとも、デモを見る視線は個々人の立場によって大きく異なります。

 

革命者気味(かくめいしゃぎみ)にはしやぎてとほる群衆(ぐんじゅう)の断続(だんぞく)を見てかへるわが靴(くつ)のおと

斎藤茂吉『石泉』

 

茂吉の嫌な性格を感じさせる一首です。デモを見て「革命者気味にはしやぎてとほる」と感想を漏らす茂吉。どこか悪意にも似た響きが感じられます。私は文句なく、斎藤茂吉を近代の傑出した歌人として第一に推したいと思う者ですが、時にこのような、頸筋を冷たく撫でられるような、意地の悪い呟きを聞くと、いったいこの歌人は何なのだと思ってしまうこともあります。もちろん茂吉がなにより、己の心に真っ正直な表現に徹していることはまちがいないことなのですが。

 

プラカードつらねゆくこの階級より暗黒にしてわが小企業

山本友一(やまもと・ともいち)『黄衣抄』

 

同じようにデモを見て、彼らと自分は違うと思わざるを得ない、そんな感想を持ったのが山本友一です。この場合の違和感は、デモ行進をしている人々は、まだいい。自分などは「この階級より暗黒」だと思わざるを得ないというところから来ています。「階級」などという言葉が時代を感じさせますが、自分などは、プロレタリアートと呼ばれる階級にさえも及ばない小企業に勤めているのだという意識なのでしょう。メーデーなどに出かける余裕さえない小企業。その従業員としての、ある種の断念と羨望が暗く渦巻くような一首ではないでしょうか。

 

ふるさとのわが母ほどの老(おい)が組むスクラムなればわれはたぢろぐ

筑波杏明(つくば・きょうめい)『海と手錠』

 

なぜ筑波杏明がスクラムにたじろぐのか。実は筑波はデモを取り締まる側の職にあったのです。警視庁機動隊の隊長として、警棒を振るわせる側から、デモや基地闘争、安保闘争などを詠った歌人でもありました。当然のことながら激しい罵詈雑言を民衆から投げられることになりますが、にもかかわらず民衆を敵視するのではなく、彼らへの「信頼と連帯の感情」を持ち続けようとしたところに、筑波の歌の切実さがあります。

 

スクラムを排除せんとして、それに近づく時、そのスクラムのなかには、「ふるさとのわが母ほどの老が」居た。無表情に排除に徹するのではなく、おもわず「われはたぢろぐ」というところに、筑波の人間性があり、かつ筑波が作歌という行為に求めた、己の基盤があったのだということができましょう。

 

私の一首は、冒頭に書いたような石破発言などを意識して作った最近の歌です。ちょっと生硬な歌になり過ぎましたが。

 

見せ消(け)ちのやうな失言 敢へてする失言にわれら馴らさるべからず

永田和宏

 

■『NHK短歌』2014年5月号より

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