教養

自由で創造的、けれど注意も必要な暗喩の句


2014.05.18

比喩とは、物事の説明に、これと類似したものを借りて表現すること。比喩は一般に、直喩(ちょくゆ)と暗喩(あんゆ)(隠喩・いんゆ)の二つに分けられる。直喩が「ごとし・ように・似て・たとえば・ほど・ばかり・めき」などの言葉を使いながら物を表現する方法であるのに対し、暗喩は「ごとし・ように」などの言葉を省略し、「AはB」だと断定する比喩だと言える。「ランブル」主宰の俳人・上田日差子(うえだ・ひざし)さんが、暗喩を折り込んだ句を紹介する。

 

*  *  *

 

冬浜に浪(なみ)のかけらの貝拾ふ

上田五千石(うえだ・ごせんごく)

 

この句は、意味としては「浪のかけらのごとき貝」なのです。つまり「ごとき」が省略されているのですが、

 

冬浜に浪のかけらのごとき貝

 

とそのまま一句にすると、どこか説明的で言葉としても切れがありません。「拾ふ」という動作が加わることにより、「浪のかけら」だと感じた貝の小さな欠片(かけら)へのいとしさが込められます。「浪のかけらの貝」と断定することで、詩情も深まります。作者の脳裏には、フランスの詩人ジャン・コクトーの「私の耳は貝のから/海の響をなつかしむ(堀口大学〈ほりぐち・だいがく〉訳)」という詩の一節が浮かんできたそうです。浪のかけらの貝を耳にあてて海の声を聞いていたにちがいありません。

 

野火(のび)はるか胸(むね)の濤音(なみおと)聴き澄ます

鷲谷七菜子(わしたに・ななこ)

 

「野火」(春)は野焼(のやき)の火のことです。枯れた野や土手の枯草を焼くことで春に生(は)える草の成長を促し、害虫駆除(くじょ)もでき、さらにその灰は肥料にもなります。大阪在住の作者ですから、この野火は毎年恒例の高槻(たかつき)市鵜殿(うどの)の葦原(よしはら)焼きかもしれません。淀川(よどがわ)水系で最大の葦の群落に火が放たれるようです。早春の息吹を感じる壮大な行事です。

 

掲出句は「野火はるか」とあり、野焼を見終えた後の感慨(かんがい)でしょうか。遠ざかる野火を思いながら野焼の興奮はまだ冷(さ)めやらないのです。まるで胸中に濤が立っているかのように鼓動は治まりません。〈野火はるか胸に濤音聞くやうに〉という意味ですが、「やうに」は省いて「胸の濤音」と直接表現することで、野焼の余韻が心に響いていることが確かとなるでしょう。

 

血脈(けつみゃく)を百束(たば)ねたる鶏頭花(けいとうか)

大石悦子(おおいし・えつこ)

 

作者の自註を引いてみます。「鶏頭の赤い花にはとにかく圧倒される。鶏冠(とさか)のような花を支える茎もまた赤く、大きな血管のように見える」とあります。血脈は血管のこと。その血管を百ほども多く束ねたかのような鶏頭花(秋)の鮮烈な赤さと大きさだったのでしょう。直喩ですと〈血脈を束ねたるごと鶏頭花〉とするところを、「血脈を百束ねたる」とし、「ごと」を省略した代わりに数の多さを伝える「百」を入れることで、迸(ほとばし)るまでの赤色が映像として明確になったのです。鶏頭花の持つ生命力に触発され、わが身のいのちの自覚をあらたにしたにちがいありません。

 

さて、例句をあげて暗喩の効果を述べてきました。直喩が説明的で論理的であるのに対し、暗喩は自由で創造的だといえるでしょうか。自身の主観を信じて発想豊かに作句できることは面白いと思います。ただ、ここで注意しておきたいことがあります。「AはB」という断定を安易に使うと、読者に意味が伝わらないばかりか、一句の品位を穢(けが)すことにもなります。読者が共感し、想像力を刺激してくれる暗喩を作りたいものです。作り終えたあと、ひとりよがりになっていないか、映像として他者に訴えることができるかなど、見直す必要があるでしょう。

 

■『NHK俳句』2014年5月号より

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