教養

陽気で、とぼけていて、ナンセンス? 万葉集の知られざる一面


2014.04.24

万葉集の時代、宴席の中心には歌があった。肆宴(しえん)と呼ばれる宮中の公的な宴をはじめ、私的な宴においても、規模も性格も出席者も異なる百例近い宴席で詠まれた歌が残されている。肩の力の抜けた、ユーモア溢れる私的な宴席での歌を、歌人で早稲田大学名誉教授の佐佐木幸綱(ささき・ゆきつな)氏に紹介していただいた。

 

*  *  *

 

万葉集には、蒼古(そうこ)たる歌、格調高い歌、清冽(せいれつ)な歌、憂愁に満ちた歌、物語的な歌など、さまざまな歌がありますが、私的宴席でうたわれた、陽気で、洒落ていて、とぼけていて、ナンセンスで、おもわず笑ってしまうくらい愉快な歌も、じつはかなりあります。万葉集の知られざる一面かもしれません。いくつかの例を見てみましょう。

 

宴席での歌の流れには基本パターンがありました。【1】主人の挨拶歌、【2】主賓の返礼歌、【3】参加者の歌、そして【4】納め歌、です。言うまでもなくピークは【3】で、宴もたけなわとなるこの時分、参加者たちは十八番の持ち歌やその場にふさわしい古歌を誦詠(しょうえい)したり、題に答えて即興歌を披露したりと、多様なパフォーマンスを繰り広げたのです。

 

最初は穂積親王(ほづみのみこ)の十八番の歌です。

 

家にありし櫃(ひつ)に鏁(かぎ)さし蔵をさめてし恋の奴(やっこ)のつかみかかりて (巻一六・三八一六)

 

(家にある櫃に鍵をかけてしっかりと閉じこめておいたはずの恋の奴が、つかみかかってきやがって)

 

若き日に愛した異母妹・但馬皇女(たじまのひめみこ)の薨去(こうきょ)に際し、「悲傷(かなし)み流涕(な)き」て「ふる雪はあはにな降りそ吉隠(よなばり)の猪養(ゐかひ)の岡の塞(せき)なさまくに」(巻二・二〇三)との哀切な挽歌を詠んだ貴公子、穂積親王が、一方で、陽気で洒脱な人柄でもあったことを思わせる歌です。左注には、親王は宴もたけなわとなったころ、好んで「この歌を誦(よ)みて」、いつも楽しんだ、とあります。親王の得意の顔が目に浮かぶようです。まさしく、十八番と言うべきでしょう。

 

なお、左注に「この歌を誦(よ)みて」とありますが、この歌は「歌われた」可能性もあります。この歌につづく二組四首(三八一七~一八、一九~二〇)の左注に「琴弾けば、すなはち先づこの歌を誦(よ)みて」「琴取るすなはち、必ず先づこの歌を吟詠(うた)ひき」とあります。これらから類推して、琴の伴奏で何らかのフシをつけて歌ったのか、あるいは無伴奏のラップのようなものだったのか、想像がふくらみます。

 

次は長意吉麻呂(ながのおきまろ)が「蓮の葉」の題を与えられて作った即興歌です。

 

蓮葉(はちすば)はかくこそあるもの意吉麻呂(おきまろ)が家なるものは芋(うも)の葉にあらし(巻一六・三八二六)

 

(蓮の葉は、こういうものだったのか。意吉麻呂の家にあるものは芋の葉であるらしい)

 

「芋の葉」は里芋の葉。蓮の葉には及ばないけれども大きな長心形で、蓮と同じく水をはじきます。蓮の葉から芋の葉を連想したアイディアがこの歌のポイントで、この宴席にいる美女たちは「蓮の葉」、私(意吉麻呂)の家にいるあれは「芋の葉」だ、というジョークです。自身の妻をけなして三枚目的役割を演じたり、作者の名前を出してへりくだるパフォーマンスも、宴席歌ならではの趣向です。意吉麻呂はこうした気のきいた即興歌の名手でした。

 

■『NHK100分de名著』2014年4月号より

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