教養

日本最古の歌集『万葉集』 巻頭歌に宿る言霊


2014.04.18

奈良県明日香村の小墾田宮(おはりだのみや)跡。推古天皇の宮殿があった場所とされる。

『万葉集』は、いまから約1300年前に詠まれた四千五百余首の歌を収める、日本最古の歌集である。その巻頭を飾る雄略天皇作の長歌に秘められた意味を、歌人で早稲田大学名誉教授の佐佐木幸綱(ささき・ゆきつな)氏に解説いただいた。

 

*  *  *

 

籠(こ)もよ み籠(こ)もち ふくしもよ みぶくし持ち この丘(をか)に 菜摘(なつ)ます児(こ) 家聞かな 名告(の)らさね そらみつ やまとの国は おしなべて 吾(われ)こそをれ しきなべて 吾(われ)こそませ 我こそは 告(の)らめ 家をも名をも (巻一・一)

 

(籠よ、立派な籠を持ち、掘串(ふくし)よ、立派な掘串をもって、この岡に菜を摘んでおられる娘よ。家と名前を申せ。この大和の国は、すべてこのわれが治めているのだ。全体的にわれが支配しているのだ。まずはわれこそ、家も名も教えてやろう)

 

春の一日、カラフルな衣装に身をつつみ、岡で草を摘んでいる娘たち。そこへ通りかかった、堂々たる体軀に立派な髭をたくわえた大和の王者が、娘の一人(敬語が使われているので神に仕える女性でしょう)を見そめて、呼びかける──これは求婚の歌です。と同時に、三度も繰り返される〈われ〉の強烈さの前には求婚された娘は「ノー」と言えなかったはずだという意味で、成婚の歌でもあります。

 

じつはこの歌、「天皇の御製(ぎょせい)の歌」と題詞にはあるものの、雄略天皇が実際に作った歌だとは考えられていません。もともとは共同体のなかで、毎年春、農耕開始に先立つ時期に、演劇的・舞踊的な所作を伴ってうたわれた伝承歌だろうとみられています。結婚とは子孫を繁栄させることだから、その歌を農耕に先立ってうたうことは、とりもなおさず五穀豊穣を約束することになる。つまり、豊作を予祝(よしゅく)する(あらかじめ祝う)のです。

 

それを支えているのが、言葉に霊力が宿ると信じる「言霊信仰」です。万葉集の時代の人々(万葉人)は、〈言〉と〈事〉は重なりあうものと考えていました。「豊作だ」と言葉を発すると、言(言葉)のもつ霊力が事(現実)を引き寄せて、めでたくも豊作がやってくると信じたのです。その際彼らは、日常の言葉で言うよりも歌の形でうたわれる言葉のほうが、言霊は威力を発揮することを知っていた。そこで、この「王者の結婚」の歌が作られ、その主人公の王者(すなわち作者)が、数々の武勇と恋の伝説につつまれた古代(万葉人から見た古代)の代表的な帝王である雄略天皇に仮託されたのだと思われます。

 

そうした共同体の儀礼や伝承を踏まえたうえで、万葉集の編纂(へんさん)者は、遥かに先行する時代の偉大な帝王に敬意を払いつつ、大らかでめでたく、縁起のよいこの歌を巻頭に据えたのでしょう。このことは古代歌集としての万葉集の一面をよく物語っています。

 

■『NHK100分de名著』2014年4月号より

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