教養

デモのなかで詠んだ歌から時代の記憶を継承する


2014.04.16

昨年12月、国会で「特定秘密保護法」が強行採決されたことは記憶に新しい。「塔」主宰の永田和宏(ながた・かずひろ)さんは、このニュースに触れ、「経験ということの継承の難しさ」を改めて実感したと語る。デモが盛んに行われていた60年安保闘争の時代であれば、果たして強行採決は成功したのであろうか……。時代の記憶を辿りながら、永田さんがデモを詠った短歌を紹介する。

 

*  *  *

 

戦争を直接経験した世代は、若者たちにその経験をどう伝えられるのか。単に言葉だけではそのリアルな酷(きびし)さと惨めさはどうにも伝わらないのでしょう。戦争については、私は受けとる側の立場にありますが、私の世代にもまた伝えたい経験があります。たとえば70年代の学園闘争のときのリアルな昂揚感とでもいったものはそのひとつ。私より、少し前の世代であれば、60年安保闘争の記憶がまさにそれにあたるでしょう。

 

あの頃だったら、こんな国の行方を左右する大事な法律が国会で議論されていれば、国民の多くが、街のあちこちで立ちあがっただろうに、と臍(ほぞ)を嚙む思いの人は多くいたはずです。

 

今回の秘密保護法では、将来その影響をもっとも受けるはずの若い世代に、ほとんど危機意識が見られないことをそら怖ろしい思いで見たことでした。私の周辺の若い人たちも、ほとんどが自分には何の関係もないことだと思っている。時代の記憶の継承の困難さを思った所以でした。

 

何処までもデモにつきまとうポリスカーなかに無電に話す口見ゆ

清原日出夫『流氷の季』

 

不意に優しく警官がビラを求め来ぬその白き手袋をはめし大き掌

 

ジグザグのさなかに脱げし少女の靴底向けて小さし警官の前

 

60年安保闘争のとき、清原日出夫は京都立命館大学の学生でした。当然のようにデモに参加し、デモの隊列のなかからこのような歌を詠みました。全学連が組織され、全国で「アンポハンタイ」の声とともに、毎日のようにデモが組織されていたころです。デモにつきまとってくるポリスカー(この表現もいまとなっては古いですね)。その車のなかで指令室とでしょうか、無電で連絡をとっている警官が見える。清原は「無電に話す口見ゆ」と詠っていますが、その「口」のむこうには、庶民の目には見えない国家権力の存在が感じとられています。

 

しかし現場の警官は、あくまで自分たちと地続きの存在であり、デモの中にいる作者とそれを規制するはずの警官とのあいだには、むしろなごやかとも感じられる瞬間もあった。デモ隊の配るビラを求めてきたというのです。「不意に優しく」ですから、学生たちのデモに必ずしも敵対している風でもない。しかし、その「白き手袋」は紛れもなく権力の切っ先の象徴でもあるでしょう。

 

三首目では、ジグザグ(という語にも、もう注釈が必要な時代なのでしょうか)のさなかに、少女の靴が脱げて仰向けに転がっている。警官の前に転がっていったあまりにも小さいその靴は、まさに自分たちの存在の小ささそのものとも感じられたことでしょう。清原日出夫は、このようにデモの隊列のなかからの視線を大切に、淡々と事実だけを詠いつつ、自分たちの闘いの意味を考え続けた歌人でありました。

 

■『NHK短歌』2014年4月号より

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