教養

孫子が説く「組織」力の重要性


2014.03.28

復元した『孫子』の竹簡のレプリカ。もともと竹簡はひもでつながれ、巻きすのような状態だった。写真提供:著者

『孫子』の兵法においては、「個人」よりも「組織」の力が重視されている。

 

私たちは、何か物事がうまくいかないときなど、えてして優秀な個人の力に頼ろうとしがちだ。また、歴史においても、個人の華々しい活躍にこそ喝采を送る傾向がある。源平合戦における源義経や、『三国志』に出てくる関羽(かんう)や張飛(ちょうひ)の活躍などだ。しかし、それらは時代を経て半ば物語化されたものである。実際の戦争においては、個人の活躍だけで勝てるということはほとんどないだろう。

 

また会社などでも、組織が大きくなればなるほど、個人のがんばりがもたらす影響は限られてくる。

 

大阪大学大学院教授の湯浅邦弘(ゆあさ・くにひろ)氏に、『孫子』の読解から得た組織論を解説していただく。

 

*  *  *

 

『孫子』は、兵士個人のあり方ではなく、徹底して組織論を説いています。個人のスタンドプレーは一切評価していません。それを象徴するのが、勢篇の次の言葉です。

 

故に善(よ)く戦う者は、之(これ)を勢(せい)に求めて、人に責(もと)めず。(五 勢篇)

(巧みに戦うものは、集合体としての軍隊の勢によって勝つのであり、特定の人物の力量に頼って勝つのではない。)

 

戦上手は集団のエネルギーを大切にし、個人の奮闘には期待しないというのです。

 

例えば数十人のグループ同士での戦いであれば、その中に一人、強い人がいれば有利かもしれません。しかし、個人の顔まではとても分からないような、数万人、数十万人の軍隊での戦いとなると、どんなに一人が奮闘したとしても、その効果には限界があるでしょう。勝敗に決定的な影響を与えるということはまずありません。そうではなく、百人が集まればそれが千の力、万の力にもなるエネルギーを作り出す。その集団の力を大切にしようというのが、『孫子』兵法の主張なのです。

 

では、集団にエネルギーを持たせるためにはどうすればよいのでしょうか。謀攻篇にこう書いてあります。

 

上下欲(よく)を同じくする者は勝つ。(三 謀攻篇)

(上に立つ者と下々の者の気持ちが一致している者は勝つ。)

 

これは、将軍と兵卒の気持ちのベクトルが一致しているということを指します。これが集団のエネルギーを生む基本です。将軍はこちらを向いているのに、部下はあちらを向いている。そのような状態ではエネルギーが分散され、強い集団にはなれません。

 

では、上下の気持ちが通じていれば十分なのでしょうか。『孫子』は、集団のエネルギーはその上で意図的に作り出すことも必要だと言っています。

 

円石(えんせき)を千仞(せんじん)の山に転ずるが如(ごと)き者は勢なり。(五 勢篇)

(千仞の高い山から丸い石を転がすようなもの、それが勢いというものだ。)

 

同じ質量の岩石でも、立方体の岩が平らな地面の上に置かれている場合と、今にも動き出しそうな丸い岩が高い崖の上にきわどく載っているのとでは、どちらがエネルギーを持つでしょうか。

 

高い崖の上にある岩は、人が少しでも突いてやれば、ものすごい勢いで落ちてくるでしょう。一方、平らな地面に置かれた岩は、少々の力では押しても引いても動かず、さほどのエネルギーは発生しません。

 

『孫子』は、集団にエネルギーを持たせるには、兵卒をその高い崖の上のような場所に巧みに連れていかなければならないと説いています。集団に位置エネルギーを持たせるためです。

 

これは場所についてだけでなく、気持ちについても言えることでしょう。将軍は兵士たちのモチベーションを巧みにコントロールし、一致団結してがんばろうという気持ちにさせる必要があります。

 

このように兵士たちを誘導することで、集団にエネルギーが生まれます。ただじっと動かずにいては、エネルギーは生まれないのです。これが、『孫子』が強調する集団の勢い、「勢(せい)」というものです。

 

■『NHK100分de名著』2014年3月号より

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