教養

将軍に必要な資質を示す孫武のエピソード


2014.03.26

1972年、前漢時代の貴族の墓から副葬品として竹簡本『孫子』『孫臏兵法』が発見され、『孫子』は孫武の著と判明した。発掘された墓は、そのまま銀雀山漢墓竹簡博物館となって公開されている。写真提供:著者

『孫子』は、戦争における軍略や戦術を、思想レベルで説く兵書だ。そこでは、戦闘による勝利を目的に構成された「軍隊」のあり方や、その最高指揮官である「将軍」について、さまざまなことが考察されている。

 

大阪大学大学院教授の湯浅邦弘(ゆあさ・くにひろ)氏に、軍のリーダーである将軍にスポットを当て、『孫子』が語るリーダー論を解説していただく。

 

*  *  *

 

将軍とは、自らが仕える君主から、戦争における全権を委任された存在であり、現場の最高責任者です。ただ、トップはあくまで君主ですから、今の組織で例えるなら中間管理職に当たる存在だと言えるでしょう。その中間管理職がしっかりしていなければ、現場で働く人たちは指示が分からず混乱し、仕事はうまく進みません。戦争も同じで、リーダーがそれにふさわしい資質を備え、行動することができなければ、勝利を得ることはできないのです。

 

リーダーとしての将軍の重要性。それを、『孫子』の作者である孫武(そんぶ)自身が体現するエピソードが、『史記』の中にあります。

 

孫武はもともと斉(せい)の国の出身で、後に呉に亡命をします。あるとき、孫武は呉王闔廬(こうりょ)の前で、兵法家としての力量を披露(ひろう)することになりました。孫武は、宮中の女官180人を2隊に分け、王が寵愛(ちょうあい)する2人の姫をそれぞれの隊長に任命し、軍事演習を行ったのです。

 

孫武ははじめに軍令を布告しました。旗を振ったらこう動く、太鼓を叩いたらこう動くといった、隊の決まりです。ところが、女官たちは笑うばかりで、まじめに動こうとしません。孫武は怒り、「軍令を出さないのは将軍の罪であるが、軍令を出したのに兵が動かないのは、隊長の罪である」と言って、隊長役の2人の姫を斬ろうとしました。呉王闔廬は、「待ってくれ、斬らないでほしい」と頼みます。しかし孫武は、「私は全権を委任された将軍です。いったんその任を受けたからには、たとえ君主の命令といえども従えません」と言って、2人の姫の首をはねてしまいました。

 

そして改めて隊長を任命しなおし、再度軍令を発したところ、女官たちは見違えるようにきびきびと動いたそうです。闔廬は、厳格な軍令に基づく用兵術を披露した孫武の力量を高く評価し、正式に呉の将軍に採用したと言います。

 

このエピソードが示すことは二つあります。一つは、軍令というものの大切さです。多数の兵からなる軍隊を動かすには、適切な命令を出し、その実行を軍に徹底することが重要です。もう一つは、リーダーである将軍の威厳です。将軍は、君主から全権を委任されている現場の最高責任者です。いったんその立場を任された以上は、たとえ君主の命令といえども受け付けない。そのくらいの力と覚悟を持った存在だというわけです。

 

■『NHK100分de名著』2014年3月号より

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