教養

人を愛するために必要な四つの性質


2014.03.02

ドイツ出身の精神分析学・心理学の研究者エーリッヒ・フロムが1956年に上梓した『愛するということ』は「人を愛する技術」をテーマとしている。人を愛するのに必要な人間の能動的性質として、フロムは「配慮」「尊重」「責任」「理解(知)」の四つを挙げている。法政大学教授の鈴木 晶(すずき・しょう)氏に、それぞれの意味するところを詳解していただいた。

 

*  *  *

 

まず、一番の基本となるのが「配慮」です。簡単に言うと、配慮とは相手の気持ちや立場を考えること、つまり他人に対する気遣いのことです。これがないと当然のことながら人間関係は成立しません。

 

本当ならば、誰かを好きになると、相手のことが気になって「何をすれば喜んでくれて、何をすれば嫌がられるのか」を考えるようになるはずです。しかし、ナルシシズムが強いと、そうした考えは浮かばなくなります。配慮に必要なのは「相手が今幸せなのかどうか」という他者に対する想像力です。相手の気持ちを想像し、それに対して自分がどう行動するかを考えるのが配慮です。

 

ふたつめは「尊重」ですが、これは相手を一方的に崇め奉る姿勢のことではありません。相手も独立した一人の人間であり、自分と平等に価値のある大切な存在である──ということを認めるのが尊重です。言い換えるならば、自分が人間として成長していきたいと願うと同時に、相手に対しても幸福や成長を願う気持ちをもつことが尊重だと考えてもいいでしょう。

 

よく結婚式の挨拶で「お互いに成長できて、お互いに幸せを感じられる家庭を作っていきたい」と語る新郎新婦がいますが、この「お互いに」という意識も重要です。一方通行ではなく、お互いに配慮し合い、尊敬し合う気持ちがあれば、一時的な気持ちの行き違いや対立があったとしても、それを乗り越えられるはずなのです。

 

三つめの「責任」というのは、よく誤解されているように義務とか、外側から押しつけられるものを意味しません。その本来の意味は、相手の精神的な求めに応じる用意のことです。これは、今の時代で最も欠落しているものかもしれません。

 

結婚や永続的なつきあいを考えていくうえでは、どうしても責任というものが発生します。最近、知り合ってすぐにつきあいだしたものの別れてしまう人たちが多くいますが、その背景には、「責任が生じるのが面倒だから」という思いが少なからずあるように私には思えます。家庭をもつと、当然ながら我慢しなければならないことがでてきます。それを受け入れるのが本当の愛なのに、自分が我慢するくらいだったら結婚などしないほうがマシだと思ってしまう。この傾向は今後強まっていく可能性があります。

 

四つめの「理解(知)」は、相手を理解するということだけではなく、相手を知ることによって自分自身を知るという意味を含んでいます。心理学では「他人は自分を映す鏡」という言葉をよく使いますが、相手の目を見ると、そこには必ず自分の姿が映っています。人間というものは、自分のことを分かっているように思っていても、じつはまるで分かっていません。他者との関係性をもつことで、はじめて自分自身が見えてくるのです。

 

たとえば相手と向き合った時、相手が喜んでいるならば、自分の行動や言動を好ましく思っていることが分かります。逆に相手が哀しそうな表情を浮かべているなら、自分の言葉が傷つけていることが分かるはずです。人間は他者の仕草や表情、行動を観察して、まずはその根拠を探ります。そしてそれを自分自身に投射することで、自分の欠点や長所を知ることになるわけです。

 

人間というのはそれぞれ違った個性をもっていますが、根底にある精神構造や考え方は共通しています。人間ひとりひとりがまったく別の生き物ならば、行動分析や精神分析というものは成立しなくなってしまいます。「人間とは誰しもこういうものである」という共通の前提があって、初めて理論が構築されるのです。

 

人間の中身や思考回路には普遍的なものが必ず存在します。だからこそ、一人の他者を深く知れば、自分を知ることにもなるし、人間すべてを理解することにもなる。さらにそれは最終的に「人間を発見する」ことにもつながっていくので

す。

 

── 以上が、フロムが人を愛するために必要と考えた四つの能動的性質ですが、「そんなことはわざわざ教えられなくても、とっくに分かっている」と思った方もおられるでしょう。しかし、頭では理解していても、それを実践することはとても難しいのです。もし、すべての人がこの四つを実践できているとすれば、憂うべき社会が到来することはなかったはずです。愛は学ぶべきものだとフロムが主張したのも、現代人が人間にとってあたりまえのことを忘れてしまっていると感じたからにほかなりません。

 

■『NHK100分de名著』2014年2月号より

このエントリーをはてなブックマークに追加

  • テキスト定期購読

  • テキストビュー300×56

000064072452019_01_136

NHK出版 学びのきほん 役に立つ古典

2019年06月25日発売

定価 724円 (本体670円)

000064072442019_01_136

NHK出版 学びのきほん ブッダが教える愉快な生き方

2019年06月25日発売

定価 724円 (本体670円)

000064072462019_01_136

別冊NHK100分de名著 集中講義 三国志

2019年06月25日発売

定価 972円 (本体900円)