教養

現代人は「愛」を誤解している……フロムの考える本当の愛とは


2014.02.20

エーリッヒ・フロムは著書『愛するということ』の中で、「愛は技術である」と説いている。その理論には、我々が考える「愛」との大きな隔たりがあるようだ。フロムの考える「本当の愛」とはどのようなものなのだろうか。法政大学教授の鈴木 晶(すずき・しょう)氏が解説する。

 

*  *  *

 

エーリッヒ・フロムの『愛するということ』がアメリカで出版されたのは1956年。出版されるやいなやベストセラーとなり、その後17ヶ国語に翻訳され、60年近くを経た今も世界中の人々の間で読み継がれています。タイトルを見て、恋愛についてのハウツー本と勘違いする人も少なくないようです(実際、発売当時、アメリカではセックスのハウツー本だと誤解した人がけっこういたようです)。しかし、この本には具体的な恋愛のテクニックが書かれているわけではありません。前書きの冒頭には、こんな断り書きがあります。

 

愛するという技術についての安易な教えを期待してこの本を読む人は、きっと失望するにちがいない。そうした期待とはうらはらに、この本が言わんとするのは、愛というものは、その人の成熟の度合いに関わりなく誰もが簡単に浸れるような感情ではない、ということである。

 

この本が恋愛のノウハウやテクニックが書かれたものでないのは分かるとして、「愛というものは、(……)誰もが簡単に浸れるような感情ではない」といきなり言われても、多くの人はピンとこないのではないでしょうか。なぜなら、ほとんどの人は、愛の感情は誰もが生まれながらにもっているものであり、誰かを好きになって恋に落ちるのは、人間にとってあたりまえのことだと思っているからです。つまり、愛とか恋愛感情とかを抱く能力は誰もがもっているもので、人を愛することは「誰にもできること」、したがって、それについてあらためて学ぶ必要などない、と思っているからです。

 

 

しかし、そうではないとフロムは語ります。愛は「成熟した大人」だけが経験できるものであり、本当の愛を体験するためには、愛とはいかなるものなのかを深く学び、愛するための技術を習得する必要がある、というのです。そして、愛という技術を身につけるには、愛の理論を学び、習練に励む必要があるのだと。

 

愛は学校や本でわざわざ勉強するものではなく、自然に経験するもの──そう考えるのが一般的ですが、なぜフロムは、愛とは学ぶべきものであると考えるに至ったのでしょう? それは彼が、愛が失われつつある現代の社会状況に危機感を抱いていたからにほかなりません。この本が書かれた頃のアメリカは、すでに資本主義社会が複雑化、巨大化し、人間は経済を動かす単なる歯車のような存在になっていました。そうした社会を生きる中で、人々は「愛の本質」を見失い、間違った愛を「本当の愛」と勘違いするようになってきた、フロムにはそう思えたのです。

 

■『NHK100分de名著』2014年2月号より

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