教養

世阿弥が生み出した「初心忘るべからず」という言葉の真意


2014.01.31

およそ600年前、能を大成した世阿弥(ぜあみ)は、能楽に関するさまざまな文書を執筆していたことでも知られ、50歳半ばに書いた『花鏡(かきょう)』という伝書には「初心忘るべからず」という言葉を書き残している。おそらく誰もが知っている言葉だが、これが世阿弥の言葉だということを知らない人も多いのではないだろうか。

 

一般的に「はじめの志を忘れてはならない」という意味で使われるが、世阿弥が言った「初心忘るべからず」は、もう少し複雑で繊細な意味を持っていると明治大学法学部教授の土屋惠一郎(つちや・けいいちろう)氏は指摘する。

 

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ご覧いただいてわかる通り、世阿弥が言う「初心」は「最初の志」に限られてはいません。世阿弥は、人生の中にいくつもの初心があると言っています。若い時の初心、人生の時々の初心、そして老後の初心。それらを忘れてはならないというのです。

 

若い時の初心とは、具体的には24〜5歳のころを言っています。能役者の場合、まずは稚児(ちご)姿がかわいらしい子供時代があり、声変わりなどをして苦労する青年時代がある。そして24〜5歳になると、いわば成人して声も落ち着き、舞も舞えるようになる。すると周りが、「ああ、名人が登場した」「天才が現れた」などと褒めそやしたりします。それで思わず、「自分は本当に天才なのかもしれない」と思ったりするわけですが、実はそれが壁なのだと世阿弥は言うのです。それは、その時々の一時的な花に過ぎない、そんなところでのぼせ上がるのはとんでもない。そこにまさに初心が来るのです。

 

この頃の花こそ初心と申す頃なるを、極めたるやうに主の思ひて、はや申楽(さるがく)にそばみたる輪説(りんぜつ)をし、至りたる風体をする事、あさましき事なり。たとひ、人も褒め、名人などに勝つとも、これは一旦めづらしき花なりと思ひ悟りて、いよいよ物まねをも直にし定め、名を得たらん人に事を細かに問ひて、稽古をいや増しにすべし。(『風姿花伝』第一 年来稽古条々)

 

まことにこの時が「初心」である。それを、あたかも道を極めたかのように思って、人々に話をし、さもそのように舞台で舞ったりするのは、なんとあさましく、嘆かわしいことであろう。

 

むしろこの時期こそ、改めて自分の未熟さに気づき、周りの先輩や師匠に質問したりして自分を磨き上げていかなければ、「まことの花」にはならない。そこで満足して何もしなければ、芸もそこで止まってしまうからです。若いころの名人気取りを「あさましき事」と世阿弥は言うのです。確かに、こうした「あさましき事」は、今でもあるかもしれません。人気をいいことに、まだ若いのに名人気取りになっている俳優や音楽家はいるかもしれません。

 

人間誰しも、すごい新人が現れたと言ってみんなが褒めてくれる時期が一回は来るでしょう。しかし、次の年になれば、またあらたな新人がやってくるのです。だからこそ、新しいものへの関心からみんなが褒めたたえてくれている時、その中に安住してはいけないと世阿弥は言っているのです。そこでいろいろと勉強しなおして初めて、その上のステップに行けるというのです。

 

■『NHK100分de名著』2014年1月号より

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