教養

メディアミックスの先駆者、世阿弥


2014.01.27

能の世界にさまざまなイノベーションを巻き起こした世阿弥(ぜあみ)。新しい物語のシステム(形式)を確立させたことに始まり、『源氏物語』や『平家物語』などの文学作品を初めて舞台上に視覚化したことも目覚ましい功績の一つだ。これは現在、漫画や小説がテレビドラマになったり映画化されたりすることと同じと言える。明治大学法学部教授の土屋惠一郎(つちや・けいいちろう)氏が、世阿弥の起こした“ヴィジュアル革命”について解説する。

 

*  *  *

 

意外に思われるかもしれませんが、能には創作劇というものがほとんどありません。世阿弥にもオリジナルの創作は少なく、多くの作品は、『源氏物語』や『平家物語』など世に知られた文学や和歌に典拠を持っています。これらのもともとの物語を世阿弥は「本説(ほんせつ)」と言っていますが、言い換えれば能とは、本説をもう一度語りなおすための「装置」なのです。

 

世阿弥をはじめ、能の作者たちがもっとも好んだ本説の一つが『源氏物語』です。おもしろいことに、世阿弥は『源氏物語』そのものは読んでいないと言われています。『源氏物語』の本文を一度も引用したことがないからです。今では、『源氏物語』を読まなくてもおよその内容がわかるダイジェスト本が出ていますが、当時も『源氏大綱(げんじたいこう)』など似たような本があり、世阿弥もそれは読んでいたようです。

 

もう一つ読んでいたであろう重要な本が、『源氏寄合(よりあい)』と呼ばれる連歌のための辞書です。連歌とは、和歌を上句と下句に分け、何人かで交互に句を詠(よ)み連ねていく一種の歌遊びです。その時に使う辞書に、例えば『源氏物語』賢木(さかき)の巻の「野宮(ののみや)」という言葉が連歌で出てきた場合は、「黒木の鳥居」「小柴垣(こしばがき)」「秋の草」「虫の音」といった言葉を用いて続きの句をつくるようにと書いてある。世阿弥の女婿金春禅竹作といわれる、光源氏の愛人六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の恋の悲嘆を描いた「野宮」という能がありますが、そこにはまさに、『源氏寄合』で示されている言葉が出てきます。

 

つまり、世阿弥やその周辺の能作者は『源氏物語』を取り上げていると言っても、『源氏物語』そのものを能にしているわけではないのです。『源氏物語』について、人々がこういうところがおもしろいと感じていることや、『源氏物語』について語られたさまざまな言葉の集積からうまく要素を持ってきて、それらを組み合わせて作品をつくっている。『源氏物語』を直接引用するのではなく、連歌といった当時の文学的イベントの中で受け入れられ、濾過(ろか)されてきたものを受け止めて、能をつくっているわけです。

 

これが意味するところは、観客と作者との関係性の存在です。世阿弥や金春禅竹が『源氏物語』そのものではなく、連歌の世界へと広がった『源氏寄合』をもとに能をつくったならば、それは、『源氏物語』だけではなく、『源氏物語』を受容している多くの人たちの感覚とイメージの領域を含んだ能だと言えるでしょう。つまり、『源氏物語』を題材にして能をつくったとしてもそれは世阿弥や金春禅竹一人の創造力ではなく、人々の感覚の共同の場所をとおしてつくられたと言えるのです。そこには、常に観客(マーケット)を意識していた世阿弥の姿勢が表れていると言えるでしょう。

 

■『NHK100分de名著』2014年1月号より

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