教養

世界初の俳優自身による演劇論『風姿花伝』はなぜ書かれたのか


2014.01.25

現在上演されている能楽は、600年前に世阿弥が書いたものか、一世代もしくは二世代あとの世代が書いた作品にほぼ限られている。「このような形で続いている芸能は、他にはほとんどないでしょう」と語るのは明治大学法学部教授の土屋惠一郎(つちや・けいいちろう)氏だ。また、氏によると能作と並ぶ世阿弥のもう一つの功績は、『風姿花伝(ふうしかでん)』に代表される能楽論を書いたことだという。

 

*  *  *

 

古代ギリシャの哲学者アリストテレスはギリシャ劇を対象にした演劇論を『詩学』という本の中で書いていますが、それは演劇論というよりは劇作論です。文学論の範囲に収まります。世阿弥の能楽論はおそらく世界で最初に俳優自身によって書かれた演劇論であり、その代表作が、『風姿花伝』です。

 

世阿弥は37歳の時、自分たちの芸を子孫に伝えるための秘伝書『風姿花伝』の執筆を開始します。『風姿花伝』は、今では広く読まれる古典の一つとなっていますが、世阿弥が書いた時には多くの人に読んでもらおうという意図はなく、あくまで自分の子供や身内に、能楽師として生き抜いていくための戦略を伝えようというものでした。

 

そもそも、風姿花伝の条々、おほかた、外見のはばかり、子孫の庭訓(ていきん)のため注(しる)すといへども、ただ望む所の本意とは、当世、この道のともがらを見るに、芸のたしなみはおろそかにて、非道のみ行(ぎゃう)じ、たまたま当芸に至る時も、ただ、一夕(いっせき)の戯笑(けせう)、一旦(いったん)の名利(みゃうり)に染(そ)みて、源を忘れて流れを失ふ事、道すでにすたる時節かと、これを嘆くのみなり。

 

しかれば、道をたしなみ、芸を重んずる所、私(わたくし)なくば、などかその徳を得ざらん。ことさら、この芸、その風を継ぐといへども、自力より出(い)づる振舞あれば、語(ご)にも及びがたし。その風(ふう)を得て、心より心に伝ふる花なれば、風姿花伝と名づく。(『風姿花伝』奥義)

 

大意を言えば、次のようになります。

 

『風姿花伝』は、広く人々に見せるものではなく、子孫への教えとして書いた。嘆かわしいのは、最近の能役者たちが、稽古もいいかげんで、勝手なことをやり、その場かぎりの評価をとろうとやっきになっていることである。これでは、芸の道も廃る。稽古にはげみ芸を大事にすれば、その成果は必ずあるものだ。とは言え、伝統を継ぐだけでなく、自分自身で工夫したものもあるので、そこは言葉では言えない。言葉にならないものも、伝統を背景にして心より心に伝えようとするものであるので、『風姿花伝』と名づけたのだ。

 

『風姿花伝』執筆の動機を、世阿弥はこう記しています。

 

■『NHK100分de名著』2014年1月号より

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